●90年代以前:「コケか電気か」の対立の構図
自然保護か開発かの対立の議論として、尾瀬の電源開発が象徴的であるので以下に引用する。
「戦後、荒廃した国土の復旧のために資源開発と電源開発が急で激しい自然破壊が目立ち、これに対して1949年尾瀬保存期成同盟がつくられた。電源開発が必要とはいえ、尾瀬を水没させるのは許せないというものであった。この後もやつぎ早に起こる開発計画に対し、1951年には日本自然保護協会と改称して、意見を出し続けていた。構成メンバーは学者、登山家等であり、大所高所からものを言う形であったことは否めなかった。
しかし、マスコミの取り上げ方は、「苔か電気か」「トンボか電気か」「人か鳥か」であり、世間一般が自然保護思想を持たなければ所詮解決にならないとの結論に達し、日本自然保護協会は1960年、組織を法人化して自然保護思想の普及・啓発に力を入れることになった。」(金田1996)
21世紀の今、「尾瀬を水没させて発電ダムをつくるべきか」と問われたら、「発電は他にも方法があるので尾瀬の自然を失うべきではない」という意見が多いのではないだろうか。
かつては「コケか電気か」の対立の構図であったが、今は尾瀬の自然を残しつつ電力を得る方法を考える、つまり自然を残すために解決策を探る時代になったのではないか。これは引用文に書かれている、自然保護教育に携わった方々の長年の努力のたまものであろう。
●90年代:地球サミットと「持続可能な開発」
JWCSが発足したきっかけの一つが、1992年の地球サミットの前からよく使われるようになった「持続可能な開発(Sustainable Development)」という言葉の使われ方である。JWCSの会報の第1号の巻頭言「野生生物保全論研究会の発展を目指して」では、「Sustainable Developmentの都合の良い独り歩き」を懸念している。(小原 1994)
「持続可能な開発」に対するJWCSの意見は以下である。
「developmentの訳語である「開発」の実態が、自然の人工化であるならば、開発と野生生物保全とは相容れないものである。むしろdevelopmentを「人間、社会の発展」と考えれば、developmentは野生生物保全をその重要な一画に組み入れねばならない」(本谷・岩田2008)
国際的にはJWCSの意見の方向へ動いている。Developmentを使っている国連のミレニアム開発目標は、貧困と飢餓の撲滅、初等教育の達成、女性の地位向上、乳児死亡率の削減などを掲げ、「人間、社会の発展」の意味で使っている。そして2014年10月に開催された生物多様性条約第12回締約国会議では、開発目標に生物多様性と生態系の見地を入れるよう働きかける決議がなされた(決議XII/4)。
また同会議では、ブッシュミート(野生動物の肉)についての決議がなされたが、こちらは「生物多様性の持続可能な利用(Sustainable use of biodiversity)」 を使っている(決議XII/18)。
ただこれらの「持続可能」の中身が実際に野生生物の保全になっているかどうか、常に検証することは重要である。
●00年代:ミレニアム生態系評価と「生態系サービス」
2000~2005年に国連の主導で、生態系に関する世界で初めての大規模な調査である「ミレニアム生態系評価」が行われた。調査は人為的な生態系の変化と多様性の減少を明らかにした。また生態系による人間への恵みを「生態系サービス」と呼び、供給サービス(食料・水など)、調整サービス(気候・土壌など)、基盤サービス(生物の生息環境)、文化的サービス(神秘体験、レクリエーションなど)に分類して状況を評価した。つまり生態系は人間の生存の基盤であることを明らかにしている。
この流れを明確にしたのが、2010年に名古屋で開催された生物多様性条約国会議COP10で採択された「愛知ターゲット」である。2020年までの短期目標には「抵抗力ある生態系とその提供する基本的なサービスが継続されることを確保。その結果、地球の生命の多様性が確保され、人類の福利と貧困解消に貢献」とある。
●10年代:愛知ターゲットと「連携」
生物多様性条約は条約の目的の一つに「生物多様性の構成要素の持続可能な利用」があり、農業や先住民などのテーマが継続して議論されてきた。これに近年は、ジェンダー、貧困、健康の問題と生物多様性を連携した議題が加わっている。そして前述の「愛知ターゲット」は2010年までの戦略目標が達成できなかった反省から、政策のあらゆる分野に生物多様性保全を組み入れることを目標としている。
ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物種の国際取引に関する条約)も、国際取引の規制だけでなく、種の絶滅の背景にある人のくらしが議題に加わっている。(表)
またこれらの国際環境条約同士と国連機関などが連携する動きも強まっており、条約の決議文などにそれを見ることができる。例えば前述のブッシュミートについては、先住民が伝統を継続できないほど森林の動物が減少し、動物による種子の散布がなされなくなって森林生態系全体が劣化しているとの認識から、ワシントン条約と生物多様性条約が連携している。
とくに象牙の密猟・密輸などの野生生物犯罪は、種の絶滅の問題としてだけでなく、国際犯罪組織や武装組織の資金源の問題として、国際社会が協力して取り組むべきという認識が広がっている。
つまり、生物多様性や野生生物の問題と貧困や紛争の問題は別物ではなく、それらの解決のために一緒に議論しようという「連携」が国際的な流れになっている。
(表)ワシントン条約と生物多様性条約の議題の変遷
ピンク:ワシントン条約締約国会議 議題番号
緑:生物多様性締約国会議 決議番号
条約事務局ウェブサイトを元に鈴木作成
*1 The Millennium Development Goals (MDGs)
*2 The post-2015 United Nations development agenda and the sustainable development goals (SDGs)
●日本の政策に残る対立の構図
ところが、日本の政策においては野生生物か人間かの対立の構図が用いられる。以下は平成27年度の水産庁補助事業の説明である(
農林水産省のウェブサイトから閲覧可能)。
「国際漁業連携強化・操業秩序確立事業(拡充)
(2)国際漁業連携強化事業
我が国漁船の海外漁場での操業を確保するため、国際漁業(主要国の漁業政策、RFMO、環境 NGO、環境保護国及びその影響を受けやすい国等の動向等)に関する情報収集・分析、環境保護国等の影響を受けやすい国への働きかけ、漁業関係者への情報提供」
ここには「コケか電気か」と同じ「産業か環境保護か」の対立の構図がある。そしてこの文章によると日本は「環境保護国」ではないようである。
また「環境NGO」を対立の相手としているが、国際的にはさまざまなセクターの連携が重視されている。
例えば2014年3月の「世界野生生物の日」に関連してインターポールの環境部長が来日した際には、JWCSを含む日本の野生生物犯罪に関する活動をしているNGOとの意見交換会が行われた。政府とNGO(非政府組織)の対立ではなく、NGOを政府から独立した組織と認めた上での連携である。
●JWCSの活動の中で
これらの状況から考えると、野生生物を脅かす人間社会の問題に踏み込んで解決策を考えること、そしてそのような動きがあることを国内に浸透させ、短期的な利益を求める「産業か環境保護か」の対立の考えから脱却することが重要に思われる。
そのためJWCSはワシントン条約プロジェクトとして、日本で絶滅のおそれのある野生生物が消費されている問題について、国際団体と協力した提言や消費者への普及啓発活動を行っている。
また生物多様性条約プロジェクトとして、自然を収奪する社会から生物多様性を基盤とした社会へ転換することを研究し提案している。
今や地球上で人間活動の影響の少ない野生の世界はわずかになってしまった。例えばアフリカゾウの生息地はアフリカ大陸に点々と残るだけになってしまっている(地図)。
野生の世界を野生のままに残すことが、当会の目的であることは会の発足以来変わらない。そのため人間社会の問題に踏み込んで解決策を考えるときに、安易な人為化を避けること、予防原則を徹底することを原則としている。
(地図)UNEP, CITES, IUCN, TRAFFIC (2013) Elephant in the dust - The African elephant crisis. p.19
※「野生生物保全」とは
「野生生物保全」と同じような意味合いで一般には「自然保護」や「環境保全」が使われる。
JWCSでは野生生物を「人為の影響を受ける・受けないに関係なく、そのものが自律的に維持存続し、長い時間的経過のなかで自己運動的に進化していく生物世界」と定義している。またその保全を「野生生物を賢明に合理的に利用しながら野生生物が野生生物として存続することを保障するという具体的な方策を含めた概念」としている(本谷・岩田2008)。
この定義を分かりやすく普及させるため、「野生の世界は野生のままに」というキャッチフレーズを使っている。
「自然保護」や「環境保全」はさまざまな概念があるため、引用文に関連した記述では引用文に従った語句を使っている。
小原秀雄(1994)『野生生物保全論研究会会報No.1』巻頭言
金田平(1996)『自然教育指導事典』国土社 p16
本谷勲・岩田好宏(2008)『野生生物保全事典』野生生物保全論研究会編 緑風出版p25-32、P74
(鈴木希理恵 JWCS事務局長)
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