海洋

2017年11月 2日 (木)

水産業のIT化・国際基準とウナギ

2017年10月27日、日経エコロジー主催の「東京サステナブルシーフードシンポジウム魚から考える日本の挑戦2017」に参加しました。

●拡大する水産業関連ビジネス

 2012年のロンドンオリンピックでは、持続可能な漁業による水産物を提供するためサスティナブルシーフードの調達基準がありました。日本でも2020年開催予定の東京オリンピックを機に、水産業界を持続可能に変えていこうという動きがあります。そのためには漁業が持続可能であるかを科学的に検証し、証明する認証制度と、認証を受けた産物が水揚げから販売までを追跡可能にし、他の水産物とまぎれていないことを明らかにするトレーサビリティが必要になります。
 シンポジウムでは、サスティナブルシーフードの調達で、日本のトップランナーであるイオンや西友などの大手流通企業がその調達について報告していました。また、水産物のトレーサビリティをIT技術を使って確保することを業務とする企業やコンサルタント会社の事業紹介もありました。水産業はIT業界など他業種と関連し世界規模のビジネスとして、規模を拡大している様子がうかがえました。
 ちなみに世界の商業用漁船のリアルタイムの漁業活動は、Global Fishing Watchのウェブサイトから無料で見ることができます。つまり禁漁区での操業も常に監視されているのです。
 

●国際基準をビジネスチャンスととらえる

サスティナブルシーフード調達のトップランナー企業は、日本独自の認証制度よりも、認証機関を第三者が検証しているより厳しい国際基準の認証制度を採用しているそうです。厳しい国際基準を外国からの押しつけととらえるのではなく、ビジネスチャンスとして積極的に取り入れているところは、行政との違いが鮮明です。
またその国際基準でのビジネスのために、最新の情報技術を使ったシステムが導入され、すぐに情報が共有されるところに行政への届け出などとの落差を感じました。

●漁業者のスマホ入力から始まる水産流通

 シンポジウムの昼休み中に漁業報告ツール「テレキャプシェ」の紹介とヨーロッパで活動するSustainable Eel Groupのミニセッションがありました。
 この漁業報告ツールは、漁業者がスマートフォンなどで漁獲を報告すると、そのデータを水産バイヤーが必要とするデータの形ににしてバイヤーに提供したり、漁業当局が漁獲上限を超えていないかチェックしたりすることに使うのだそうです。フランスと英国では4年前に導入され、何千もの漁業者が使っているといいます。統計や科学調査がなければ持続可能な漁業への転換はできません。でもこのようなシステムが日本の漁業政策に取り入れられるのはいつになるのかそれよりも世界の速度で変化するビジネスセクターや、水産業に力を入れる自治体が先行して導入する方が可能性は高いかもしれないと思いました。


●絶滅危惧種のヨーロッパウナギ

 次にヨーロッパウナギの保護の取り組みの紹介がありました。ヨーロッパウナギはIUCNのレッドリストで絶滅危惧種(CR)にリストアップされています。ワシントン条約では輸出に許可が必要な附属書Ⅱに記載されており、とくにEUは輸出割り当てがゼロなので輸出をしていません。Sustainable Eel Groupは、絶滅危惧種のヨーロッパウナギを食べるべきではないという意見と、密漁してでも食べたいという意見の対立を解決するために、研究者、業者、NGOにより設立されたそうです。セッションでは、ノルウェーでの小規模の水力発電所に魚道をつけて発電用タービンでウナギが切られるのを防ぐ事業や、オランダでのウナギの売り上げからファンドに寄付するしくみなどを紹介していました。
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写真 シンポジウム会場でのSustainable Eel Groupブース

●ニホンウナギは?

 ニホンウナギはIUCNのレッドリストで、ヨーロッパウナギよりは1ランク低いものの絶滅危惧種(EN)にリストアップされています。そして2016年のワシントン条約第17回締約国会議(CoP17)で、ウナギ属の生息と取引の状況を調査するという決定がなされました。折しも10月30日付の朝日新聞で「日本の輸入天然水産物 2割超が違法や不適切漁業と推計」とカナダのブリティッシュコロンビア大学の調査が紹介されていました。問題のある輸入が最も多かったのが中国からの輸入で、その中でもウナギが最も多かったと報道しています。
 絶滅のおそれのない範囲の国際取引であるかどうかを判断するための情報を得る技術は、このシンポジウムで紹介された数々の事例をみると、今後ますます充実していくと思われます。今後ニホンウナギがワシントン条約附属書Ⅱに掲載された場合、日本政府はその決定を受け入れ、トレーサビリティ技術に基づく制度を導入するのか、またはこれまでサメなど漁業対象種を留保してきたように、ニホンウナギも留保して国としては取り組まず、国際基準で事業を行う企業が自主的に条約順守に取り組むことになるのか、日本の漁業の方向性を示す象徴的な判断になるかもしれません。
朝日新聞デジタル版(リンク切れはご容赦ください)
(鈴木希理恵 JWCS)

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2016年9月23日 (金)

CITES17 日本に関係の深い議題

ワシントン条約第17回締約国会議(CITES CoP17)でJWCSは日本に関係の深い以下のテーマに注目しています。

1.アフリカゾウ 国内市場閉鎖と附属書アップリスト


 今回の会議では、議題として象牙の国内市場閉鎖と、すべてのアフリカゾウを附属書Ⅰ(国際商取引禁止)に戻す提案が出されています。一方で現在附属書Ⅱ(許可があれば取引できる)になっている南部アフリカの地域個体群のうち、ジンバブエとナミビアが自国の個体群に関する注釈を削除するという、取引再開に向けた提案をしています
附属書に関する提案はこれまでの条約運営の枠組みの中ですが、象牙国内市場の閉鎖となると、これまでのアフリカゾウに関する過去の決定の変更が必要になります。そのことが象牙国内市場の閉鎖の提案の後につけられた事務局からのコメントに書かれています。
 ワシントン条約43年の歴史の中で常に象牙問題が議論されてきましたが、すべての国際取引が禁止されていた時期を除き、アフリカゾウは減少の一途です。この現状を変える新たな展開になるのか、注目されます。

2.ウナギ


 アジアに生息するニホンウナギの漁獲が減少し、代わって中国でのヨーロッパウナギの養殖が拡大しました。そのため2007年にヨーロッパウナギがワシントン条約附属書Ⅱに掲載され、EUでは河川環境の改善など生息数を増やす努力をしてきましたが、生息数の減少が続いたため、2010年に輸出割り当てゼロという事実上の輸出禁止措置をとりました。

 その後、アメリカウナギや熱帯ウナギ(ビカーラ種)の漁獲が急増しました。1種だけを国際取引を禁止しても近縁種が減少してしまうので、その対策として淡水ウナギ16種の調査をしよう、というのが今回の案です。9月20日のみなと新聞には水産庁の「賛成する可能性がある」とのコメントが掲載されていました。

3.サメ


 クロトガリザメ、オナガザメ類の附属書Ⅱ掲載が提案されています。日本のサメ漁はヨシキリザメが多く(7,151トン)、提案されている2種の水揚げ量はクロトガリザメ(2トン、おもに混獲による)とオナガザメ類(170トン)です。どちらのサメも漁獲量は減少しています(「水産庁調査委託事業で収集された主要港におけるさめ類種別水揚量」2014年データ)。
 またワシントン条約は国際取引を規制するものなので、国内での消費は対象外です。そして附属書Ⅱの場合は原産国の許可があれば取引できます。みなと新聞によると日本政府は「資源状態が悪いというデータがない」ため提案に反対する方針とのことです。
『平成27年度国際漁業資源の現況』は、クロトガリザメの資源水準を低位(中西部太平洋)、資源の動向を減少(中西部太平洋)と評価しています。またオナガザメについては調査中としています。
 提案書に書かれた生息状況のデータに対し、日本の主張がどのように受け取られるのか注目されます。

4.ペットトレード(爬虫類・ヨウム)


 附属書掲載の提案として、ペットとして取引される爬虫類、両生類がいくつも挙げられています。中でもマレーシアが附属書Ⅰ掲載を提案したミミナシオオトカゲは、生息地では捕獲や売買が禁止されているにもかかわらず、日本で販売されています。このことは、9月15日に開催された種の保存法の見直しを議論する「あり方検討会」でも話題に上りました。
現在の種の保存法では、附属書Ⅰの動植物は所有や売買に登録票です。しかしこの登録票と登録した個体が対応せず、違法に売買されていることが検討会の課題になっています。
 附属書Ⅰに格上げが提案されたアフリカ原産のヨウムも日本で一羽24~30万円で売られています。しかしヨウムの生息地での密猟と違法取引を告発する動画から、1羽のヨウムが日本に売られてくるまでの間に、たくさんのヨウムが死んでいることが分かります。
 現在の日本の法律に違反していなくても、生息地や取引過程などで数々の問題があります。このことを締約国会議の機会に理解を広げ、来年に予定されている種の保存法改正につなげていきたいと思います。

5.CITESと持続可能な生産・消費


 このほかにJWCSが注目しているのが、持続可能な開発目標(SDGs)の一つ、「持続可能な生産・消費」に関連する議題です。CITESと生計、ブッシュミート、食糧の安全保障などの議題が挙がっています。
 絶滅のおそれのある動植物の輸出に頼るくらしは「持続可能な生産」なのか、他に選択肢はないのか、消費者としての日本は生息地の状況を理解して消費行動をとっているのか、また野生動植物の減少に大きく影響する紛争と難民、人口増加などの問題と関連させた、持続可能な開発目標の枠組みでの対策はないか、など情報収集をする予定です。

 会議期間中は、Twitter、Facebook、当ブログで随時報告します。
また10月14日にCITES参加報告会を行います。ぜひ直接話を聞きに来てください。
詳しくはJWCSホームページをご覧ください。
 JWCSはワシントン条約締約国会議で議論されていることを国内に伝えるため、日本と関係の深い議題の一部を翻訳しています。翻訳はJWCSのホームページの「資料室」「国際会議資料」からご覧になれます。
翻訳は翻訳ボランティアの皆さんのご協力をいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。
(鈴木希理恵 JWCS事務局長)

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2014年6月27日 (金)

日本がボン条約に批准しない理由

 ボン条約(移動性野生動物の種の保全に関する条約)は、1979年にドイツのボンで採択され、1983年11月に発効した環境条約の一つです。120カ国(2014年5月1日現在)が加盟していますが、日本は批准していません。
 日本がなぜボン条約に批准しないのかが、公式の場で明らかになったのが、2014年6月6日の衆議院環境委員会での質疑でした。日本維新の会の河野正美議員が質問をしました。
 ボン条約の批准について政府の答弁は「慎重に検討している」でした。しかしすでに採択から30年以上がたっています。さらに批准のデメリットを議員が質問したところ、水産庁次長は、小笠原のアオウミガメ漁、海鳥の混獲、商業捕鯨が困難になることを挙げていました。
 そして混獲については、ウミガメ類等は定置網、マグロ延縄漁業で、海鳥等はマグロ延縄漁業で混獲されているが、FAO(国連食糧農業機関 (*1)の措置や地域漁業管理機関(*2)の決定で混獲回避措置をしているとの答弁がありました。
 混獲が生息数減少の原因として対策が検討されているのが、ウミガメやアホウドリなどの海鳥、サメなどです。漁具の技術開発や制度の改善など混獲減少に向けた取り組みが積み重ねられています。
 この衆議院環境委員会での質疑によって、日本のボン条約批准に何が課題なのかが公式な場で明らかになり、批准に向けた取り組みへのきっかけになりました。
 またこの質疑では、3月31日の国際司法裁判所による南極海における第2期南極海鯨類捕獲調査についての訴訟の判決についてもふれています。その中で水産庁から、クジラ類は他の水産資源と同様に重要な食料資源という答弁がありました。この答弁をはじめ一連の答弁を聞いていると、漁業対象種は「資源」で「野生生物減少という環境問題ではない」という考えが、ボン条約を批准しない根源ではないかと思いました。
 人間が利用する生物もしない生物も、海の生態系を構成する生物であり、それが人間によって生息数が減少するのであれば、それは環境問題だと私は考えます。健全な海の生態系が土台にあるから、漁業を含む人間のくらしが成り立つと考えるからです。
 一方、水産庁の書類には「環境保護団体の圧力」という言葉がときどき見つかります。「資源」の確保と環境保護は対立しているという短期的に見た考えなのでしょうか。「資源問題」と考えるか「環境問題」と考えるかは、とくに捕鯨に関しては長く続いている議論です。そして小原秀雄JWCS名誉会長は「クジラは資源ではなく野生動物だ」と主張し続けてきました。
 ボン条約の批准は、利用が大前提の「資源」と、それ以外の、混獲されて「お金にならないから」と捨てられてきた海洋生物に対する見方を、「国際協力で海洋生態系を守る」方向へ転換する意味もあると思います。
 ボン条約やワシントン条約による海洋生物に関する規制は、混獲や水揚げに対する法執行など、陸上生物への対応よりも難しい課題があります。しかしワシントン条約事務局などのプレスリリースを見ていると、ボン条約、ワシントン条約、生物多様性条約などがそれぞれ連携し、FAOやインターポールなど国際機関も交えた会議がたびたび開かれ、その難しい課題をひとつひとつ解決していこうという動きがあります。
 そしてインターネットを使って情報を公開し、NGOに参加を呼びかける動きも強くなってきたように思います。例えば2014年3月にインターポールの環境犯罪部長と日本のNGOとの意見交換会が開かれ、JWCSも招かれました。そして6月25日にはインターポールから環境犯罪についての報告書(*3)が発行されたというお知らせのメールが来ました。
 30年以上も「慎重に検討」してきたボン条約に批准することは、急速に変わりつつある国際社会の動きに一気に追いつくきっかけになるかもしれません。
                                   (鈴木希理恵 JWCS理事)


<参考>
*1)FAO 混獲と破棄についてのウェブサイト(英文)
FAO「混獲管理と破棄低減に関する国際ガイドライン」は2012年に発行されています(英文)」
*2)地域漁業管理機関(RFMOs)
全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC)、大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)、インド洋まぐろ類委員会(IOTC)、みなみまぐろ保存委員会(CCSBT)中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)
IUCNは地域漁業管理機関による混獲や破棄の管理について現状を評価した報告書を発行しています。(英文)
 P15の環境犯罪の中身の図がわかりやすいです。例えば違法漁業は年間110~300億米ドル(約1兆1000億~3兆円)の規模になっています。
 

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2013年10月18日 (金)

不確実性を乗り越えて海洋の危機に対策をとるには

シンポジウム 新海洋像:海の機能に関する国際的な評価の現状
2013年10月1日 10:00-18:00
主催 東京大学(新学術領域研究「新海洋像:その機能と持続的利用」)
 このシンポジウムは、「地球規模で変化する海洋環境に応答する物質循環や海洋生態系を見越して海洋管理を提唱する」研究の一環として開催されました。「海洋の保全というと漁業操業の制限強化といった即物的な内容に始終している」ということが背景にあるそうです。
(パンフレット「シンポジウム趣旨」を要約)
 シンポジウムの中では、さまざまな方面からの取り組みが報告されましが、とくに印象に残った元ラムサール条約事務局長のピーター・ブリッジウォーター氏の報告をご紹介します。

●海洋環境の変化がもたらす危機に目を背けていないか

 ブリッジウォーター氏の発言には、将来人間が地球に生存できるのかという強い危機感がありました。
 氏は、海の酸性化によって貝類の貝殻がぼろぼろになるなど生物への影響、コンクリートでできた護岸への影響があると述べていました。また海水の温暖化によって、外来種の分布が変わったり、海水が上下に混ざりにくくなったりすると、海の生態系は大きな影響を受けると発言されていました。
 このような海洋の危機は、日本では環境問題としてあまり話題になっていないように思います。

●「生態系サービス」の意味

 国連「ミレニアム生態系評価(MA)」では「生態系サービス(*1)」を、①食料や水などの「供給サービス」 ②自然災害を緩和するなどの「調整サービス」 ③生物が生きていく環境を提供する「基盤サービス」 ④観光など「文化的サービス」に分類しています。

 ブリッジウォーター氏はこの生態系サービスを、「人のためだけに語られているのが問題である。人への文化的サービスは将来の地球に重要でなく、他の生態系に対するサポーティングサービスが重要である」と発言していました。そして生物多様性と生態系サービスの関係を見直し、政策決定のブレイクスルーにすべきと提案していました。

 JWCSのプロジェクトの一つ、「愛知ターゲット3委員会(*2)」の8月の会議でも、「生態系サービス」というと生態系の人間に役立つ機能だけを言うことが多いので、言葉の使い分けをすべきではと議論したところでした。そしてブリッジウォーター氏の発言のように、人間への直接的な利益だけでなく、ほかの生態系を支えるサービスを重視すれば、国土計画や、農林水産業の政策なども大きく変わってきます。それは愛知ターゲット3の奨励措置(補助金を含む)の改革にもつながります。
 
(*1)生態系サービス
(*2)JWCS 愛知ターゲット3委員会 
 愛知ターゲット:生物多様性条約第10回締約国会議(名古屋)で採択された2020年までの目標。具体的な20の目標があり、3番目の「生物多様性に有害な奨励措置の改革」について、JWCSは研究しています。
●「持続可能性」に行きつく

 ブリッジウォーター氏は「管理(Manegement)、保全(Conservation)、保護(Protection)どちらに進んだらよいのか考えたときに「持続可能性(Sustainability)」に行きつく。しかし世代間の公平は簡単ではない。そして「持続可能性」の定義が一番明確なのが、生物多様性条約の生態系アプローチの原則(*3)で、これは陸域を対象としているが海洋でも使える」と述べていました。
 この生態系アプローチのうち、原則9には、順応的管理(野生生物や生態系は不確実性があるので、常にモニタリングをして対応を変える)について書かれています。この順応的管理について、会場からモニタリングが重要だが十分にできないとの発言がありました。氏は、モニタリングの資金を得るため、「将来食べることができなくなるのだから」と政治家を説得するしかないと答えていました。
 また原則12は、関連セクターに関わらせるべきだと書かれています。氏は、地域レベルで実施するために、関連セクターのかかわりが重要と述べていました。そして意思決定に時間がかかりすぎることに対し、2012年のRio+20(地球サミット20年目の国際会議)では政府間の議論が硬直した時、NGOが新しいパートナーシップを作ろうとしていたことを例に挙げていました。


●不確実性を乗り越えて、迅速に危機に対処するには

 JWCSが参加しているワシントン条約締約国会議では、締約国が提案した動植物種の国際取引を規制するか、しないかを議論します。
 そのとき提案を見て、「不確実性はあるが、絶滅してからでは遅いので予防原則に従って規制をすべきだ」と考えるか「不確実なデータを根拠に規制をすべきではない」と考えるか。この規制賛成派は「人間よりも動物が大事な『保護』をめざす(感情的な?)人」で、規制反対派は「現実的で『保全』をめざす(理性的な?)人」とイメージされがちではないでしょうか。
 でも実際は規制賛成派の方が主張の根拠となる資料が充実していたり、規制反対派は業界の利益のための主張をしていたりするので、イメージと現実の違いを感じていました。
 
 そのため「保護」か「保全」かより「持続可能性」だという氏の意見に納得しました。
「持続可能性」から議論して、そのケースに最適な人間のかかわり度合を決めることが重要だと思います。
 大洋島や高山のように人の手が入るとあっという間に自然が失われるケースもあれば、自然からの恵みで貧困を解消する仕組みにしないともっと自然が失われるというケースもあるからです。
 しかし「持続可能性」を議論して結論を出すには、政策決定者を含む多くの人が、もっと生態系とそれにかかわる人間社会について理解しなければなりません。
 このシンポジウムではブリッジウォーター氏の後に、海の生態系と人間社会のかかわりを評価し、政策に活かすツールとして、ベンジャミン・ハルバーン氏から「海の健康度(*4)」、ジェームズ・アンダーソン氏から世界銀行が投資を検討するにあたっての評価「漁業パフォーマンス指標(FPI)」(*5)が紹介されました。
 海の生態系は分からないからと対策を先延ばしにすれば事態はより深刻になってしまいます。だからこそ不確実性を乗り越えて迅速に政策決定をするためのツールの開発が進められている、という世界の動きを知ることができたシンポジウムでした。


(*3)生態系アプローチの原則:生物多様性条約第5回締約国会議で採択。生物多様性を保全し、先住民・地域住民などにも公正な方法で持続可能な利用するための12の原則
 
(*4)海の健康度
(*5)世界銀行 Fishery Performance Indicators
(鈴木希理恵 JWCS理事)

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2013年9月 9日 (月)

国内外の野生生物保全の認識の違いと情報の落差

 2013年8月21日にトラフィック イーストアジア ジャパンが主催した「ワシントン条約40周年記念シンポジウム ワシントン条約の動向と日本への期待」に参加しました。シンポジウムでは野生生物保全に対する国内外の認識の違いが浮き彫りになりました。
●CITES条約事務局スタッフは16名
 ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物種の国際取引に関する条約・CITES)の締約国は178カ国。2013年3月にタイで開催された第16回締約国会議(CoP16)はオブザーバー、メディア等を含めて約2,234名が参加しました。しかし条約事務局のスタッフはたったの16名だそうです。そのうち1名は日本人女性で、シンポジウムの会場で紹介されました。
事務局長のジョン・スキャンロン氏はオーストラリア出身の法律家だそうです。スキャンロン事務局長からCITESが果たしてきた役割について、シロサイは規制の対象となる前は2000頭だったが今は2万頭になった例や、CoP16の成果についての報告などがありました。(写真1)
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(写真1)
●CITESは珍獣保護の条約ではない
 事務局長がCoP16の成果として一つ目と二つ目に挙げたことは、木材種と水産種が規制の対象になったことでした。
 前回のCoP15(2010年3月)では大西洋クロマグロの規制が提案された時、日本では「日々の食卓にのぼるマグロを、いきなりジュゴンやパンダと同じ絶滅危惧種にするのは強引すぎる(2010年3月16日読売新聞社説)」という論調の報道がありました。しかし、CITESは単に希少な種だから規制をする条約ではなく、このままの国際取引を続ければ種が絶滅する恐れがあるので取引を規制するという考えによる条約です(*1)。
 ジャイアントパンダのように生息地が限られ、生息数の少ない種はわずかな取引でも絶滅の原因になります。一方、林業や漁業の対象として大量に取引される動植物種の中にも、その取引の規模の大きさゆえに絶滅のおそれのある種があります。CITESに規制が提案される生物には、その2タイプの国際取引があることがあまり理解されていないように思います。

●サメの管理についての意見の違い
 「第2部:責任ある水産種の管理のために-サメを事例として-」では、トラフィック水産取引プログラムリーダーの発表と、日本の水産庁や気仙沼遠洋漁業協同組合との意見の違いや認識の違いが鮮明になりました。
 日本はCITESで附属書I (国際取引原則禁止)掲載種中7種(ナガスクジラ、イワシクジラ(北太平洋の個体群並びに東経0度から東経70度及び赤道から南極大陸に囲まれる範囲の個体群を除く)、マッコウクジラ、ミンククジラ、ニタリクジラ、ツチクジラ、カワゴンドウ)、附属書II (国際取引に許可が必要)掲載種中9種(ジンベイザメ、ウバザメ、タツノオトシゴ、ホホジロザメ、そしてCoP16で掲載が決まり2014年9月から適用されるヨゴレ、シュモクザメ3種、ニシネズミザメ)を「留保」しています(*2)。この留保した種は、条約が適用されません。
 日本政府は留保の理由を「絶滅のおそれがあるとの科学的情報が不足していること、地域漁業管理機関(*3)が適切に管理すべきこと」としており、このシンポジウムでの水産庁の発言も同様でした。この点はトラフィック水産取引プログラムリーダーの発表(*4)と意見が対立していました。
●認識の違いが鮮明に
 気仙沼遠洋漁業組合の方からは、サメの漁獲の中心はヨシキリザメで、ヒレだけでなく魚体も魚肉として利用しているとの発言がありました。
 しかしCoP16で規制が決まったのはヨゴレ、シュモクザメ3種、ニシネズミザメです。いずれもフカヒレが高価な種であるため、ヒレだけを目的に漁獲する国があり、国際取引によって生息数が減少していることが複数の研究機関からCoP16で報告され、投票によって附属書掲載が採択されました(*5)。
 水産庁は「環境団体は資源量が健全な種もあるのに、サメ漁を批判している」と発言しましたが(写真2)、後でCITES事務局長からサメの種による資源量の違いを認識して対応している旨の発言がありました。
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(写真2)
 またJWCSが参加したCoP16でのサメをめぐる議論では、サメの規制提案が否決された以前の締約国会議に増して危機的なデータが出され、FAO(国連食糧農業機関)も提案を支持し、こんなに減少しているなら規制しなければという雰囲気でした(*6)。
そのため気仙沼遠洋漁業組合の方の「漁業は何故叩かれるのか?(写真3)」「理不尽なイジメには徹底的に理性的に闘う(写真4)」という発言には驚きました。発表者からは「バイヤスがかかっているのは漁業を愛するがゆえ」との発言があり、司会者からは英国紙ガーディアンの記事(*7) が背景にあると補足がありました。
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(写真3)
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(写真4)
 しかし国際会議では、枯渇する水産資源をどうやって持続させるかを各国代表、国際機関、「環境団体」が一緒に議論しています。また海外では「環境団体」と研究機関、政府、国連機関などを転職する人もいます。
 CoP16でサメ5種を議論したときは、中国と日本が規制に強く反対し、サメに関するサイドイベントでも中国代表は長々と反論をしていました。しかし投票で規制が決定するとフカヒレの輸出入の多い中国が条約に従い、日本は留保しました。この日本政府の決定に「環境団体」から批判の声があがりましたが、ほとんどの「環境団体」は漁業者を批判しません。こうした国際会議の様子と国内でのとらえ方がかけ離れていることがこのシンポジウムで鮮明になりました。
 そのためCITES事務局長は最後のコメントで「漁業を否定しているわけではありません、今夜もおいしい日本の魚料理を期待しています」とユーモアで締めくくっていました。
(*5) 附属書掲載提案
          http://wildlife.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-d3d4.html (後)
(*6) FAO(国連食糧農業機関)
CoP16で提案された漁業対象種についてFAO専門家諮問パネルの報告書 (英語)
IUCNレッドリスト(抜粋翻訳)
 アカシュモクザメ http://www.jwcs.org/data/Sphyrnalewini.pdf
 ヒラシュモクザメ http://www.jwcs.org/data/Sphyrnamokarran.pdf
 注:記載されたJWCSの所在地・電話番号は移転前のものです。
(*7) 2011年2月11日付ガーディアンの記事(英語)
ガーディアンの記事で引用されているTRAFFICとPEW財団(米国)の報告書(英語)


●認識の違いを生むのは情報の少なさ


 国内外で認識が違うのは、英語ではインターネットで得られる情報が、日本語で報道されていないからだと思います。それは今に始まったことではなく、2010年のCoP15で大西洋クロマグロの国際取引禁止(附属書Ⅰ掲載)が否決されたときも同じように感じました。(当時の状況は、勝川俊雄氏の公式サイト「ワシントン条約の報道において、日本のメディアは国民に何を隠したか」が詳しいです http://katukawa.com/?p=3402 )。
 CITESの締約国会議では、加盟国代表だけでなくオブザーバーもアルファベット順に席が決まっています。そのため席の近い日本の漁業関係者の何人かと名刺交換をしたのですが、期間中ほとんど空席でお話ができず残念でした。
 映画『もののけ姫』に「その地に赴き、曇りなき眼で物事を見定めるなら、あるいはその呪いを絶つ道が見つかるかもしれん」というセリフがあります。漁業関係者の中には若い人も来ていたので「曇りなき眼」で国際会議の推移を見て、さまざまなセクターと前向きな議論ができる関係が広がることを期待しています。
 国際会議は誰もが参加できるわけではありませんので、政府発の情報以外を国内に伝えるのもNGOの大事な仕事です。今回参加したシンポジウムは、日本にいながら国際的な意見交換の場に立ち会うことができて有意義でした。
 またJWCSでは国際会議に参加するときはブログで状況を報告し、帰国後に報告会を開催しています。報告会開催の折にはぜひご参加ください。
 (鈴木希理恵 JWCS理事)

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