野生生物の今を読む

2008年12月 1日 (月)

2010年10月開催:生物多様性条約CoP10名古屋会議に向け準備進む 坂元雅行

2010年10月に名古屋市で開かれる生物多様性条約第10回締約国会議(CoP10)に向け、同条約事務局は10月5日、各地域の代表を集めた初の会合をスペインのバルセロナで開き、今後の活動や交渉スケジュールを盛り込んだ「名古屋ロードマップ」をまとめた。
生物資源の商業化で得られた利益を特許として先進国が独占するのではなく、原産国と先進国が利益を公平に分け合うルール作りも10年が交渉期限。このため、会議までに計6回の専門家会合や作業部会を開催し、溝が大きい先進国と発展途上国間の合意形成を目指す。
(中日新聞 2008年10月6日(共同通信 配信))

2年後に日本で初の開催となるCoP10に向け、条約事務局、ホスト国である日本などを中心に準備が急速に進んでいる。条約の議題は多岐にわたるが、生物多様性のもたらす利益へのアクセスとその配分(ABS = Access and Benefit Sharing)はCoP10最大の課題といわれている。野生生物の保全に直接かかわるテーマとしては、保護地域制度などがある。こうしたレールの敷かれた議題とは別に、ホスト国日本はどのようなカラーを出していくのだろうか。
9月13日に名古屋で開催され、環境大臣が議長を務めた「第16回アジア太平洋環境会議(エコアジア2008)」では、「生物多様性」をメインテーマとした議論が行われた。日本にとっては、CoP10の議長国としてのリーダーシップを地域でアピールする場という意味がある。ここで生物多様性の保全と持続可能な利用の「アジアのモデル」として日本政府が提案したのが「SATOYAMAイニシアティブ」である。里山が、農林業生産と密接に結びついた水田や二次林などの人手の加わった二次的自然環境を維持・再生する日本の智恵と強調する。
里山を含めて農村地域には特有の生態系が形成されている。それは遺存種を含む少なからぬ絶滅危惧種のシェルターとしての機能も果たしている。しかし、森林や草地の農地化、農村の形成は、在来の野生生物の生息地を消失させ、あるいは生息環境を改変した。農村の生態系は人為的なものであり、自然生態系とは異なるものである。アジア地域では、熱帯雨林やマングローブ林などの海岸環境など自然生態系の改変が激しく進行している。農村生態系のあり方を考える上で里山を紹介することはよいと思うが、アジア地域の生物多様性保全全体において中心におかれるべきテーマではない。CoP10では生物多様性喪失を顕著に減少させるための2010年目標期間が終了、次の目標が立てられることになるが、この点には留意される必要があると考える。
(さかもとまさゆき/JWCS事務局長・弁護士)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

最新版レッド・リストが示す哺乳類の危機と生息地の消失・分断 坂元雅行

国際自然保護連合(IUCN)のレッド・リストが世界の哺乳類の危機を明るみに
2008年10月6日にバルセロナ(スペイン)で開催された「IUCN世界自然保護会議」で、2008年版IUCNレッド・リストが公表された。(2008年10月6日 国際自然保護連合(IUCN)プレスリリース)

平成17年度~平成19年度の3ヵ年で「イリオモテヤマネコ生息状況等総合調査(第4次)」が実施された。この調査結果等から、環境省としては、イリオモテヤマネコの生息個体数をおよそ100個体と推定している。生息個体数は、平成4~5年度の第3次調査時から減少傾向にあるものと推定され、その要因としては、交通事故による個体数減少や好適な生息環境の減少などが考えられるとされている。(2008年8月7日 環境省プレスリリース)

IUCNによれば、哺乳類は1500年から今日までの間に少なくとも76種が絶滅したとされている。今回の2008年版レッドリストによると、全哺乳類5,487種のうち1,141種が絶滅のおそれがあるとされた。一方、今回の評価で絶滅のおそれのある哺乳類のうち5%が回復の兆候を示しており、保全活動が種を絶滅から救える可能性も強調されている。見逃せないのは、全哺乳類5,487種のうち836種については未だ評価のための情報が不足していることである。もしこれらの情報が集まればさらに絶滅のおそれのある種が増える可能性があるという。国際NGOのコンサベーション・インターナショナルのジャン・シッパー氏は、絶滅のおそれのある哺乳類の割合は実質36%だともいう。

絶滅のおそれのある哺乳類1,141種のうち188種は、CR(1番目に絶滅のおそれの高い種のカテゴリー)に指定されている。そこには成獣が83-143頭しか残っておらずさらに減少が続いているスペインオオヤマネコ(Lynx pardinus)などが含まれている。
 一方、日本では、琉球大学による環境省委託調査の結果、イリオモテヤマネコ(Prionailurus bengalensis iriomotensis)の危機的状況がさらに進行しつつあることが確認された。イリオモテヤマネコは、ベンガルヤマネコの固有亜種で、西表島のみに生息する。環境省が作成する日本版レッド・リストでは、従来、絶滅危惧IB類(2番目に絶滅のおそれが高い種のカテゴリー)に指定されていたものが2007年の見直しで同IA類(1番目に絶滅のおそれが高い種のカテゴリーで、IUCNレッド・リストのCR相当)に格上げされていた。今回の調査結果で減少傾向が見られるとされた100頭程度の個体数にとって、交通事故による1頭1頭の死亡は個体群の維持に重大なインパクトとなる。さらに、第4次調査報告書によると、「エコツアー」ブームで増加しつつある観光客の生息地への入り込みが新たな脅威となっている可能性があるという。そして、イリオモテヤマネコの生存基盤そのものを失わせる巨大な問題として、大規模農地整備、道路整備などの公共事業、加速しつつある民間のリゾート開発による生息地への影響が指摘されている。
 
野生生物から見た脅威の3大要因は、生息地の消失・分断、過剰捕獲(取引)、外来生物の侵入である。種によって優先的に取り組むべき要因は異なるが、多くの種にとって生息地の消失・分断が最大の脅威であることは疑う余地がない。今回のIUCNのプレス・リリースによれば、絶滅のおそれのある哺乳類のうち40%が、生息地の消失・分断の影響を受けているとされており、この現象は、中南米、西・中央・東アフリカ、マダガスカル島、南・東南アジアでとくに著しいとされている。
この問題は短期的な対処が難しい。人間による土地利用のあり方を長期的にコントロールしていく以外に方法がない。対処が遅れれば遅れるほど、社会経済的に取り返しがつかなくなり(莫大な投資がされたり、利害関係者が拡大・複雑化してしまったら後戻りはできまい)、やがて物理的にも取り返しがつかなくなる(生息適地が消滅)。このことは、日本のイリオモテヤマネコについても、JWCSが直接かかわっているトラやゾウにとっても当てはまることである。
(さかもとまさゆき/JWCS事務局長・弁護士)

| | トラックバック (0)

2008年4月 2日 (水)

初逮捕 スローロリスの違法取引  坂元雅行

 絶滅の恐れのある希少種の保護を目的としたワシントン条約で、商取引が禁じられている小型サル「スローロリス」を密売したとして、警視庁生活環境課は16日、会社員S容疑者(64)ら2人を種の保存法違反(譲渡)などの疑いで逮捕した。

 スローロリスは、テレビ番組で紹介されたことでペットとして人気を呼び、150万円以上の高額の取引が横行。このため国内では昨年9月に売買や譲渡が禁止された。違法取引の摘発は全国初。

 調べによると、S容疑者らは昨年9月~11月、3回にわたって、タイで購入したピグミースローロリス(体長約20センチ)計9頭を、ズボンのポケットに隠すなどして国内に持ち込み、うち3頭を男性会社員(29)らに、11018万円で販売した疑い。

 S容疑者は、インターネットのサイトを通じて、販売を持ち掛けており、調べに対し、「1回につき3頭ずつ、計12回密輸した」と供述しているという。

2008116日 読売新聞)

スローロリス類は(ガラゴ類とともにロリス科をなす)、マダガスカルのキツネザル類、東南アジアのメガネザル類とともに原猿類と呼ばれ、そのほかの霊長類(真猿類)よりも原始的なサルのグループである。

 スローロリス類は北部インドから、東南アジア、中国南部にかけて生息し、夜行性で、果実や昆虫などを食べている。「ロリス」というのはオランダ語で「道化師」の意味で、手足を伸ばして自由自在に動き回ることからこの名がついたようである。ロリス類は枝と枝の間をゆっくり移動、昆虫類に気づかせず、捕食する。

スローロリス類は、森林伐採による生息地消失や激しい密猟によって絶滅の危機に瀕している。このうち密猟を助長しているのがペット目的の取引だ。20076月、絶滅のおそれのある野生生物の国際取引を規制するワシントン条約の第14回締約国会議で、スローロリス類の国際商業取引は禁止された。それにともない同年の9月から、日本の国内法「種の保存法」で、

①合法的に輸入された個体

②合法的に輸入した個体から国内で繁殖した個体

であることを環境省の登録団体に登録しなければ販売・購入は禁止になった。

しかし、小さく、大きな音も出さず、愛らしい容姿であるためか、スローロリスのペット需要は高まっており、闇で110数万円以上で取引されている。スローロリスの人工繁殖は困難といわれ動物園での繁殖実績も限られている。一方、2000年以降正規に輸入されたスローロリスは0頭である。スローロリスの密輸は後を絶たず、2006年に税関が輸入差止めに成功したものだけでも100頭以上にのぼる。実際に密輸されている数は想像もできない。今、日本のペット市場に出回っているもののほとんどは、密輸されたものだと考えられる。

密輸されたスローロリスは、すでに死んでいたり保護されて間もなく死んでしまうものも多い。赤ん坊は生まれてすぐ母親の腹にしがみつき、大きくなってくると背中に乗るようになり、餌の取り方や敵からの身の守り方を学習していく。親はおそらく密猟時に殺されてしまっているのだろう。日本人もスローロリスの未来に関わっているといえる。

(さかもと まさゆき/JWCS事務局長・弁護士)

| | トラックバック (0)

生物多様性条約と生物多様性に対する学生の理解  安藤元一

中央環境審議会は14日、第3次生物多様性国家戦略を鴨下環境相に答申した。約660の施策を打ち出し、今月下旬に閣議決定する。(朝日新聞20071115日抜粋)

野生生物保護に関してもっともよく知られているのはワシントン条(CITES)だろう。この条約は仕組みもシンプルである。対象を希少生物に限定し、規制対象を国際取引に限定し、保全のためのツールも取引規制に限られるため、理解しやすい。これに対し、生物多様性条約(CBD)は内容も多様である。

大きな特徴の一つは生物を生態系、種、遺伝子の3レベルでとらえたことにある。生物資源の持続可能な利用を強く打ち出した点も注目される。国家間の現実的な利害がかかわる中で、遺伝資源の利用から生じる利益の公正・衡平な配分を明記している点も新しい。

生物多様性条約はこのほかにも次のようなことを求めている: 

地球上の生物の多様性を包括的に保全する

生物多様性国家戦略を制定する

生物資源の利用に関する伝統的・文化的慣行を保護・奨励する

開発途上国への資金援助と技術協力の仕組みをつくる

調査研究における国際協力体制を推進する

バイオテクノロジーによる遺伝子組み換え生物を管理する(カルタヘナ議定書や国内ではカルタヘナ法がこのために作られた)。

このため本条約はわかりにくいといわれる。そもそも「生物多様性」という用語が従来の「自然保護」とどのように異なるのかについても、市民の理解は一様でないように思われる。

そこで日本において生物多様性条約と生物多様性をどのように理解しているか知ることを目的に、筆者は2007年に東京農業大学農学部の動物系学生249名を対象にアンケート調査を行った。

その結果をわが国の生物多様性国家戦略と照らしあわせてみると、次のような課題が浮かび上がってきた。

- 保護の視点はあるが、持続可能な生物資源の活用という視点はわずかである

- 関心が生物側を向いており、人間側の対応に関する視点が少ない。

- 地球環境保全の両輪といえる「気候変動枠組条約」と「生物多様性条約」との関連が意識されていない。

- 人口問題など、異なる問題との関連が意識されていない。

- 国際協力の視点が少ない

- 教育を保全ツールとして使うことへの理解は低い。

- 植物に関する視点が少ない

- 生態系レベル、遺伝子レベルの多様性が理解されていない

- 遺伝子レベルの保全に関する認識が偏っており、バイオテクノロジーの視点がない

(あんどう もとかず/JWCS理事・東京農業大学准教授)

| | トラックバック (0)

2007年11月12日 (月)

密猟・レッドデータブックの悲劇 小川 潔

 2007915日前後の各新聞は、912日にIUCN(世界自然保護連合)が2007年度版レッドデータブックを発表し、絶滅の危機にひんしている動植物の種数は188種(分類群)増加したことを報じた。国内では831日付西日本新聞が、この春発覚した唐津市の樫原湿原における県指定絶滅危惧植物マツランの盗掘事件を伝えた。

 盗掘と言えば一昨年、同じラン科で絶滅危惧植物(E類)にランクされているアツモリソウが山梨県のある山で盗掘された。その現場を私は朝8時過ぎに通り、花の写真を撮ったのだが、そこでボランティアで監視員をしているH氏から、県の高山植物保護条例(県内での商取引等を抑制する、いわばワシントン条約の県内版)の影響で、アツモリソウの闇取引価格が高騰していると聞かされた。30年ほど前まで、この山ではアツモリソウを踏みつけねば登山道を歩けないくらいに群生が見られたが、林道の発達による車を利用した大量採取、植林の生長や林地の手入れ不足による樹林下の光環境の変化で、アツモリソウの花を見るのはここ10年程の間で数輪となってしまった。
 この日は私の目撃のあとの情報を、登山雑誌に載った花の目撃記事やインターネットを通じて知ることができた。午前中は登山者がこの花をめで、昼からは地元の人たちが監視をしていたが、ボランティアが引き揚げるとすぐ採られてしまったという。監視を気づかれないよう、花のスケッチにかこつけて長時間現場に人がいるようにして、盗掘者を諦めさせようとしたそうだ。守るほうも考えたのだが、盗るほうは花が札束に見えるのか、時間をかけることに糸目をつけない。
 アツモリソウは現状では高い絶滅確率をもつが、希少性に比例する採集圧がきわめて高い。ワシントン条約の密猟・商品化は遠くの話に思えるかもしれないが、身近な国内各地でも上述のような問題が起こっていて、山野草ブームや野生動物のペット化という自然接触文化のあり方が依然として問われる状況にある。

(おがわ きよし/東京学芸大学准教授)

NPO法人 野生生物保全論研究会 会報『JWCS通信』No51 掲載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第4回 アフリカ開発会議(TICAD)  森川 純

「アフリカ支援日本停滞」というヘッドラインの下に「欧米諸国は軒並み増額」、また「資源外交存在感増す中国」最後に「庶民に届く援助模索」という順序でこの記事は構成されている。
 支援停滞には、日本の緊縮財政による援助削減。またTICADがトークショーに留まり実際には発展に貢献していないとするアフリカ側の不満、批判を紹介。最後に円借款によるインフラ整備で民間投資を呼び込み経済成長を実現する戦略の問題的側面と市民の立場からアフリカ政策を提言する「TICAD市民社会フォーラム」の主張を紹介している。
(朝日新聞2007年8月15日版抜粋)

 第4回アフリカ開発会議が来年の5月に横浜で開催される。会議の名称自体が与える印象や開催国が経済大国で援助大国の日本であることからTICADとは、一般に援助戦略や具体的支援策を議論する場として日本の内外で理解され期待される傾向が強い。
 上記の望月洋嗣氏と金子桂一氏による記事もそうした認識枠組みで執筆されているし、アフリカ側からするTICADに対する不満、批判も同様な背景を持つと思われる。
 とはいえ注意すべきは日本政府がアフリカ側からの過剰な援助要請を牽制してか一貫してTICADは援助供与を約束する性格の会合ではない旨を表明してきている事実である。筆者の観察によればTICADは、言わば、闘牛士が突進してくる牛を幻惑させる赤い布の役割を演じている。メデイア、研究者、NGO関係者の多くが援助をめぐる議論に没頭させられる反面、外交当局者はアフリカでの日本の過去と現在の問題行動から世論の関心をそらせると共に日本のイメージと威信の向上や国連安保理常任理事国入りといったより大きく長期的な目標を追求することが出来るからである。
 いま一度振り返って考えてみたい。日本のアフリカ政策とは援助供与政策と同義であって政策は援助の多寡や方法論をめぐって回っているだけなのか。「西サハラ」独立問題やアフリカのイスラム「原理主義」勢力への対応に問題はないのか。人権侵害,政治腐敗、環境破壊問題と日本の関係の有無、程度、拡がりについてメディアを含めた各界各層で再検証し教訓を引き出す必要はないのであろうか。
 また日本のアフリカ政策について批判分析的に究明しそれを判断材料としてアフリカ社 会側に使ってもらわない限り「アフリカの声を聞け」という正当な主張も単なるスローガンに終わってしまうであろう。野生生物の保全に関して言えば

(1)持続可能な商取引の厳守、

(2)この分野への援助強化、

(3)援助受け取り国側の政治社会運営が民主主義的に行われる必要がある。

だが

(1)では西アフリカ沖でのタコの資源枯渇やかっての象牙の大量輸入、

(2)では野生生物保全関係援助の事実上の欠落、

(3)では「悪しき統治」への驚くべき歴史的寛容さ

に見られるように日本のこの分野での援助も多くの課題を抱えている。そうした状況の中でケニアでのアフリカゾウ国際保護基金(特集参照)による野生生物保全とエコツーリズムと地域社会の振興と環境教育を繋げた統合的プロジェクトから外交当局者が学ぶ事柄は多いのではないか。

(もりかわじゅん/酪農学園大学教授・アデレード大学客員研究員)

NPO法人 野生生物保全論研究会 会報『JWCS通信』No.51掲載

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年10月 3日 (水)

トキの野生復帰  羽山 伸一

 1981年、新潟県佐渡に生き残った5羽のトキがロケット・ネットで捕獲され、日本の野生個体群は絶滅した。しかし、飼育下繁殖の試みは失敗し、1995年に飼育下個体群も絶滅する。

 その後、中国の個体を佐渡トキ保護センターに導入し、1999年にようやく飼育下繁殖に成功した。そして来年、27年ぶりに日本の空をトキが舞うことになりそうだ。

 絶滅した地域に新たな野生個体群を創設する試みは、再導入と呼ばれる。わが国における大型野生動物の再導入は、2005年に放鳥されたコウノトリが最初で、トキは二つめの経験となる。一方、再導入は欧米を中心に30年以上前から試みられており、その多くの経験にわれわれは学ぶべきであると思われる。

 この観点から、ここではトキの再導入に関わる問題点を2つ挙げておこう。1つは、飼育下個体群のあり方である。今年、ついに佐渡トキ保護センターで飼育されている個体数が100羽を越えた。一方で数が増えるにつれて遺伝的多様性は失われてきた。飼育下個体群の元になる個体をファウンダーと呼ぶが、遺伝的多様性が失われる理由は、日本の個体群がわずか3羽(オス1、メス2)のファウンダーで創出されたからだ。つまり、すべての繁殖個体は、1羽の父親から遺伝子を継いでいるにすぎない。ようやく、今年、中国から2羽のあらたなファウンダーがやってくるが、この段階での放鳥は拙速の感が否めない。

 また、これら日本の飼育個体は、すべて佐渡の施設でのみ収容されている。感染症などのリスクを考えれば、一刻も早く他の施設への分散を行なうべきである。

 2つ目の問題は、マスタープランの欠如である。再導入事業は、生息地保全や地域産業との調和など、総合的な政策として実行される必要があるため、多くの先行事例では詳細なマスタープランや行動計画を策定している。しかし、トキの場合には多様な主体の活動をまとめあげる指針もない(少なくとも公開はされていない)。

 もちろん、再導入では、放鳥してみなければわからないことが多い。むしろ放鳥個体から人間が学びながら生息環境を復元する作業が再導入事業とも言える。しかし、放たれる動物の立場からすれば、もう少し準備してからでも遅くないのではないか。

(はやま しんいち/日本獣医生命科学大学准教授)
会報『JWCS通信』No.50 2007年Vol.2 掲載

| | トラックバック (0)

温暖化防止の道筋は? 廣井 敏男

 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、この5月までに3つの作業部会の報告書をまとめた。それによると

1)化石燃料に依存して高度成長路線をとり続けていくと、今世紀末に平均気温は20世紀末比で最大4℃上昇する。

2)温暖化の影響は現在でも出ているが、1990年比2-3℃の上昇で、世界各地で悪影響が出る可能性がある。
などという。

 6月はじめにドイツのハイリゲンダムで開かれた主要国首脳会議(G8サミット)の主要なテーマは、地球温暖化にどう対処するかであった。とすれば、ほとんど直前にまとめられたIPCC作業部会の報告書の内容がたとえわずかであっても議論に反映されたのではと考えたくなる。が、そんな場面はなかったようだ。議論されたのはEU提出の案、米案そして日本の案であった。

 EU案は 1)2050年までに1990年比でCO2排出量を50%削減する 2)それを拘束力のある義務的目標をもつ議定書の方式によってすすめる という積極的なものであった。ここで1)の論拠としたのは、こうしてはじめて森林や海が吸収する分と人間活動によって発生する分とがつり合うということである。

 対して米案は 1)CO2排出量の削減はそれぞれの国の自発的努力に委ね 2)数値目標も決めないという、いたって消極的なものであった。そしてEUと米国の仲を取り持とうと志してサミットに臨んだ日本の首相の提案は、2050年までに現状比50%削減をうたうが義務化せず、各国の事情を配慮した多様性のあるものとするもので、
最終的にはサミットでは
 1)削減の義務化をうたわない 
 2)50%削減を真剣に検討する   ということが合意された。

 温暖化防止は一刻の猶予も許されないのに、その道筋すら明確に示されないままに終わったG8サミットであった。一部の大国の国益が「人類益」を押しのけた形となったというべきか。

(ひろい としお/東京経済大学名誉教授)
会報『JWCS通信』No.50 2007年Vol.2 掲載

| | トラックバック (0)

外来生物対策の問題点があらわに  羽山 伸一

 昨年(2006年)の年の瀬、麻布大学・宇根助教授がわが国におけるカエルツボカビ症初症例を確認したとの第1報を自宅で受け、背筋が寒くなるのを覚えた。カエルツボカビ症が両生類における過去、最悪の感染症と言われているからだ。

 その理由は、両生類に属する多くの種がこの病原体に感受性を有し(少なくとも93種の両生類に感染する)、しかもこの病原体の感染性が高く致死的である(単独でカエルを死に至らしめる)ことがあげられる。

 じつは、昨年の夏ごろから国際的な対策の動きが急ピッチで始まっているため、日本でも専門家を集めた対策会議を年明けに開こうと準備をしていたところだった。しかし、見つかってしまった以上、一刻も早く事態の深刻さを世論に伝える必要があった。そこで、対策会議へ参加を予定していた専門機関や団体の共同署名による「カエルツボカビ症侵入緊急事態宣言」を正月返上で作業を行い、1月13日に記者発表することができた。

 そもそもこのカエルツボカビ(Batrachochytrium dendrobatidis)は、2000年にIUCN(国際自然保護連合)SSC(種の保存委員会)が公表した「世界の侵略的外来種ワースト100」にもリストアップされ、近年の急激な両生類の衰退要因として注目されていた。わが国では、世界で最も厳しい法律のひとつと言われる外来生物法がその後施行され、カエルツボカビも規制の対象にすべきであった。しかし、この法律の基本指針では、肉眼で区別のつかない外来生物は指定できないこととされているのだ。

 また、両生類は動物愛護管理法の対象動物から除外されているために、取り扱い業者は自由にその売買が可能だ。つまり、両生類の販売実態はまったく把握できないのが現状なのである。これでは感染ルートの解明や対策は困難である。

 カエルツボカビ症の国内侵入が確認されたことによって、わが国の外来生物対策の構造的な問題が改めて浮かび上がってきたといえよう。

(はやま しんいち/JWCS理事・日本獣医生命科学大学准教授) 
会報No.49 2007 Vol.1 『JWCS通信』掲載

| | トラックバック (0)

水鳥の減少の喜ばしいケースも   安藤元一

 鳥取県と島根県にまたがる中海は2005年にラムサール条約湿地に登録された。同地の米子水鳥公園は干拓地の一部を利用して1995年に開設され、1,000羽以上のコハクチョウが越冬する集団越冬南限地として知られてきた。しかし登録と時を同じくして公園内のコハクチョウが減り始めた。この年は北日本の大雪の影響で、山陰地方には昨シーズンより約2割増の約3,000羽が飛来して水鳥公園でも最高800羽まで増えたが、年末から急激に減少して数十羽に減ってしまった。

 原因は公園から5キロほど離れた島根県安来市の水田約6ヘクタールに水が張られたことである。ここはもともとコハクチョウが昼間に落ち穂を食べに行く餌場であったが、湛水によって水鳥が安心して夜を過ごせるねぐらになったとみられ、水田だけで最高約1,300羽が越冬した。冬期湛水は無農薬農法の一環として地元の営農組合が3年ほど前から取り組んでいるもので、除草剤を使用しないため、冬期から水田に水を入れて雑草の繁殖を防いでいる。当初は水を張る水田が広く分散していたが、作業効率を高めるために一カ所に集中させたことがコハクチョウを呼び寄せたらしい。こうした水田には田植え後に安来節で有名なドジョウの養殖も予定されている。安来市側にとっては無農薬米作りとドジョウの復活、それにコハクチョウが加わって喜ばしい事態であるが、水鳥のいない水鳥公園にとっては存続に関わる問題である。

 石川県加賀市にある登録面積10haの日本最小の条約湿地、片野鴨池でも似た状況がおきている。同池は網を投げ上げて飛来するカモ類を捕獲する坂網猟という伝統的猟法が江戸時代から続けられていることで知られており、片野鴨池観察館が保全の核となっている。この池は1970年代までは1万羽を越えるトモエガモが越冬していたが、現在は600-1,000羽に減っている。主要因は東アジア全体における急速な減少であるが、地域限定の要因として、カモ類が同池周辺に分散していることがあげられる。すなわち、かつてはカモ類が安全に過ごせる場所は同池しかなかったのに、現在では禁猟化によって周辺にカモ類が安全に生息できる場所が増えているからである。

 これらの湿地では水鳥にとって望ましい状況が生じたわけだが、それは啓発活動の場や伝統文化の消失につながっている。干潟の場合に典型的にみられるように、湿地はもともと遷ろいゆく生態系である。その管理も順応的であることが求められる。

(あんどう もとかず/JWCS理事・東京農業大学准教授)
会報No.49 2007 Vol.1 『JWCS通信』掲載

| | トラックバック (0)