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コンゴ共和国在住はぎみさん

2008年6月20日 (金)

ゾウ肉売買でパトロール隊と村人が衝突

Burogu_itiba

▲市場にて

 いつも私が町にいて村に不在のときに、騒ぎが起こります。

 パトロール隊が国立公園内の湿地帯のパトロールから戻ったセカという村でゾウ肉をバイクで輸送する男を逮捕し、その肉はミエレクカ村で入手したという情報を得ました。そこでパトロール隊は即ミエレクカ村に向かい、逮捕された男が白状した、ゾウ肉を彼に売ったという村の男性を捕まえに行きました。

 ミエレクカ村の人々はゾウの畑荒らし問題で公園当局への怒りが非常に強く、昨年3月に一部支払われた賠償金の残りが支払われないために、そこを拠点としていたパトロール隊を村から追い出した人たちです。

 その後つい最近1月に、当局がゾウの畑荒らしが起きている4村の村長たちを町に呼んで会議を行い、賠償金について政府には財源が無いため別の資金源から払うつもりであると説明し、ゾウの密猟という対抗手段に出ないことなど合意に至ったと聞いていました。

 ところが村人が依然として反感を抱いているパトロール隊が軍人とともにいきなり村にやってきて村人を逮捕しようとしたので、またまた村人の怒りが爆発、ゾウ肉を売った男をかくまい、パトロール隊を追い返そうしたので、軍人は空砲を32発も空へ地面へと発し、村中が騒然となったそうです。

 パトロール隊員は村人が一丸となって彼らに反抗したことに憤慨していましたが、村人はそのことを悪びれもせず、軍隊が村で発砲するなんてたいへん危険だと怒っています。

 ゾウ肉はある村人の家の後ろにあるオレンジの木の上に吊り下げられた袋の中から取った、という情報のとおり、確かにそこで押収されたそうです。実際にゾウ肉を売った男性は私もよく知る村人でした。私が問い詰めてみても、自分で殺したゾウの肉ではなく人に渡されたのだとか、どうもはっきりしませんし、逮捕されそうになったから森に逃げたよ、とけろりと言います。

 この事件からも、政府が畑荒らし問題の解決を前進させない限り、まともにパトロール活動ができずゾウの密猟、象牙・ゾウ肉の密輸を見逃すことになるという状況ははっきりしています。村人の態度にもおおいに問題はありますが、それを把握したうえで和解できる着地点を探すのが公園当局側の役割だと思うのですが、なかなか両者の言い分は平行線でうまくいきません。

 その後EUから派遣されたフランス人2名が農村開発事業の可能性の調査で村を訪れましたが、こういうトピックなら村人は大歓迎で、彼らを歓待していました。

ゾウによる損失を補う別の活動が外部からの支援により活性化されて貧困が緩和されれば、少しは当局への怒りもおさまるのではと期待しています。

 私も代替活動として村人が期待をかけているカカオ園の事業をミエレクカ、ゴア、コモの3村の合同グループで始めるため、NGOの書類づくりの手助けをしています。

Burogu

▲村で始めたパン屋

2008年2月19日 (火)

留守中、ゾウが畑に2

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 このように、第1回目はゾウは大量に作物を荒らさないのですが、そのまま何もしないでいると、第2回目、3回目の訪問で作物を全滅させてしまいます。コモ村とゴア村のアシスタントの協力で作物が守られ、私はこの報告を聞いて本当にほっとしました。キャッサバ芋を買いたい近隣の村人から、まだ掘らないのかと聞かれますが、まだ大きく育ちきっていないので、あと2、3ヶ月は引き続きゾウから守る努力を続けます。

 今は乾季の始まりですが、現地ではまだ雨がしばしば降るため、車のタイヤを滑り止めの溝がしっかりしたものに替えるため町に出てきました。これまでタイヤが古いため、移動のたびに泥沼にはまってたいへん苦労していたのです。(写真)

留守中、畑にゾウが侵入 1

2007年12月上旬日本に一時帰国していた際、村を1ヶ月以上留守にしていたあいだに起こった出来事をご報告します。

  Imo

写真・ゾウが掘ったキャッサバ芋

 道路沿いにある実験用畑に、向かいの畑でプランタンバナナを食べた1頭のゾウが道路を超えて、布の柵が外れていたところから侵入しました。

 柵に使用する布は女性が洋服を仕立てる生地で、柵のために購入した新しい布の一部は村の女性にねだられて彼女らの古着と交換してあげたのですが、それがあまりにも古く、弱くなって破れやすくなっていたため、道路に面した柵の一部をしっかりした布と交換すべく、アシスタントが外していたのです。

 その南側から入ったゾウは40株ほどのキャッサバ芋と10本ほどのまだ若いプランタンの木を食べ、畑の中を通り抜けて奥のほうの東の森へ出ようとしたところ、交換オイルの悪臭の布の柵に遭遇、そこで畑の中に戻り、今度は北側から森へ出ようとするとまた悪臭の布が。今度はそれを引きちぎってやっと脱出しました。翌日ゾウの足跡を追跡したアシスタントは、畑から100メートル以上離れた森の中でくしゃくしゃに踏みにじられた布を発見しました。本当かどうかわかりませんが、ゾウは柵にぶち当たり怒りに怒って布を引きちぎり、大急ぎで森に帰っていった、とアシスタントはまるでその場で見ていたかのような確信に満ちた説明をしてくれました。

 その後、隣のゴア村のアシスタントがゴア村で余っていた布を持ってきてゾウが侵入した部分の柵を補修してくれたため、ゾウは再び畑には訪れていません。

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ゾウの足跡

2008年1月16日 (水)

2007年トウモロコシの収穫

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 マルミミゾウの畑荒らし防御対策プロジェクトをコモ村で始めて10カ月たちました。国立公園の境界線になっている道路沿いに村から、10分ほど歩いたところにある実験用の畑では、トウモロコシが大量に実りました。ゾウが畑の近くを通過することもありましたが、作物を荒らされることなく無事収穫を終えました。

トウモロコシは乾燥させて粒にほぐして、地酒を作る材料として130キロ離れた町で販売することにしています。収穫と同時に草刈りをし、次は来年3月以降のキャッサバ芋とプランタンバナナの収穫を待ちます。コモ村のみならず近隣の村人からも注目を浴びているこの畑は、コモ村で雇っている責任者(エテケ氏)をはじめ村の女性たちが、ゾウだけでなく作物泥棒からも守る努力をしてくれています。

一方好ましくない状況の変化がありました。2007年3月に過去の作物被害の賠償金の一部が政府から支払われたものの、残金がなかなか支払われません。また2006年に決まった「畑荒らしをするゾウ」の公式銃殺も実行されないことへの怒りから、7月に村の女性たちがエコガード(国立公園のパトロール隊員)たちを、拠点である近隣のミエレクカ村から追い出してしまいました。

その結果、ゾウを密猟しても取締りが行われず、他所から持ち込まれた戦闘銃などを使ってゾウの密猟がコモ村や近隣の村で起き始めたのです。もちろん私にはわからないように村人はふるまっていますが、私が町から村に戻ったとき、子どもたちがゾウ肉を食べているのを知ってしまいました。そのため、ミエレクカとコモの村長に「村人がゾウの密猟を容認しているのだったら、私はあなたたちを助けられない」と告げました。もちろん村長たちは私の仕事の趣旨をよく理解していて、密猟を防ぐ努力をすると言っていますが、ごく一部の村人は政府への怒りもあって、まだ象牙やゾウ肉で臨時収入を得たいと考えているのです。

 私のゾウの畑荒らし対策(交換オイルとトウガラシの臭いのする布の柵の設置)は村人たちにゾウを殺さなくても農作物を守ることができるという期待を与えています。しかし政府と農民との関係が改善されない限り、これだけではゾウの密猟を防ぐことができないという状況になっています。それなのに公園当局内の問題も複雑で、政府の資金難からエコガードへは6カ月も給料が払われていません。ゾウによる作物被害が村人の畑で起きたら、ゾウへの怒りを静めるため防御柵を設置する、これをコツコツと続けることが今私にできることだと考えています。

2007年10月 3日 (水)

ゾウを守るためにはまずヒトを守る(4)

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 畑荒らしの解決策を見つけて村人が食糧難に面すことなく、農業へのやる気を取り戻し、ゾウを殺したいと思わなくなることが目標ですが、それが実現するまでの間にも村人が少しでもまともな生活ができるよう、私にできることを見つけて取り組んでいます。

 ひとつは薬の販売。村には病院は無く、薬も行商人が通過する際に買えるだけだったため、町で一般的な薬(解熱鎮痛剤、下痢止めなど)を買い、少し利益をのせて販売するかわりに、小児用シロップは無料で子どもたちに飲ませています。

 またキャッサバ芋を乾燥させて粉にしたフフという主食を町で大袋で買い、村で小分けにして売っています。村の商人はフフは利益が出ない、と売りたがらないためです。

 ミエレクカでパン屋も始めました。パン作りを知っている男性が国立公園の番人の仕事を解雇されたため、彼の収入源をつくると同時に村人にもフフ以外に手軽に食べられる食料を提供することになり、たいへん喜ばれています。
 コンゴ人同士に信頼が無いというモラルの問題のため(売上を横領する、つけで買ったら払わないなど)、村人たちがフフ、パン、薬の販売を私自身ですべきだと言うのですが、私がいなくなっても村が沈滞しないよう、まずはゾウのための貧困が改善されるまでがんばりたいと思っています。

ゾウから畑を守る実験(3)

 村人が銃殺を要望した時点では私には正直言って全く解決策のアイデアがありませんでした。というのも村人の「やる気」がなければどんな有効かもしれない防御策も実現不可能だからです。
 なんとかゾウを殺さずに畑を守る方法を見つけるべく、実際にゾウに荒らされた畑でいろいろな対策の実験に取り組んでいるうちに、10ヶ月近く経ってやっと希望を見出せる方法を見つけました。

 森の藪の中をブルドーザーのように歩くゾウにとっては不快(な臭い)で触れたくない柵が必要だと考え、布を細長く切り裂き、唐辛子をすりつぶして混ぜた交換オイルに浸して杭に結びつけ、畑の周囲を囲むというものです。焚き火や夜警はとても有効なのですが、毎日労働を要すものはこの地域の村人にとって現実的でないのです。
 この方法を確立させるため、2年目の調査では実験用の1haの畑をミエレクカとゴアに開墾しました。これはゾウから作物を守り抜いて、村人に食糧を提供することも狙いとしています。

 というのもかつては農作物については自給自足で、一部は販売して塩、油、石鹸、衣類、薬などの購入にその収入をあてるという農業主体だった村人の生活が、ゾウのために食糧、現金収入を断たれ、小動物の商業ベースの狩猟(往来するブッシュミート商人との売買)主体になってしまったのです。村の農業を復興させることは、村人のゾウへの怒りを抑えるだけでなく、小動物への狩猟圧の軽減のためにも必要と言えます。

 現在は実験用の畑だけでなく、村人の畑にも布と交換オイルを提供して柵を立て、作物を守る協力をしているので、実際に被害の発生した畑、ゾウが近くまで来たという畑の主から、「私の畑も囲って欲しい」と言ってくるようになりました。
 村人自身も自分の古着を提供しています。村人の賠償金への期待は薄れ、畑を守る意欲が出てきて私にはうれしい変化です。

 畑の全周囲を囲っている実験用の畑へは作付け以来8ヶ月ゾウが侵入していません。一方、布を買う予算の制約で一部を囲っているだけの村人の畑は、ゾウが柵を避けて侵入することがありますが、だいたい6~7割ぐらいの確率で畑を守れています。今はさらに布を購入するための資金を探そうとしているところです。

 以上のミエレクカ村、ゴア村での実験・活動を半年遅れてコモ村でも始めるにあたり、ゾウ保護基金から助成金をいただくことになりました。
 コモ村はミエレクカから西へ15km離れた人口約300名の村です。かつてはゴリラによるプランタンバナナの被害だけでしたが、昨年からゾウも荒らし始めたため、私にコモ村でも畑を開いてくれ、と要望があったのです。

Hatake

 村長はじめ村人と話し合い、あえてゾウが来やすい場所を選んでもらい、今年初めから村人を雇って1haの畑を開墾し始め、5月にトウモロコシ、キャッサバ芋、プランタンの植え付けを終えました。トウモロコシはすでに実をつけ、生でも食べますが乾燥してから収穫したものを地酒の材料にする需要が高いため、まだ収穫していません。無事ゾウから1年間畑を守りぬいた暁には、村人の協同組合が収穫物を管理することになっています。最近ゾウがすぐ近くまで来ているという知らせがあったため、急いで交換オイルの柵で畑を囲ったところです。

 この交換オイルの臭いは半年以上持続しますが、定期的に柵の周囲を除草してメンテナンスする必要があります。また臭いが弱くなった場合は再びオイルと唐辛子に浸して張り直すことになります。

ゾウの畑荒らしに困った村人たちは・・・(2)

 ゾウの畑荒らしに困った村人たちは、パパゾウを殺すべきだ、1頭殺せば家族も他のグループも逃げる、というのです。
 この村人の「パパゾウ」の認識には興味深いものがあります。ある研究者の中央アフリカのバイ(湿地帯)でのマルミミゾウの観察では、マルミミゾウのグループ構成もサバンナゾウと同じく、オスは単独または少数、メスはメスリーダー率いるグループ、というものでした。
 
 ところが村人の認識では、まずオスゾウが1頭で畑を調べにやってきて、その後家族を連れてくる、というのです。畑荒らしはだいたい夜に発生するので、畑に残されたゾウの痕跡からグループの規模を推測するしかありません。
 初めの1頭の足跡が非常に大きいと巨大なオスゾウと思えるのが実は体の大きなメスリーダーかもしれませんし、あるいは1頭で行動しているオスがメスグループに食べ物のありかを知らせることもあるかもしれない、とエコガード(パトロール隊員)は言います。

 さてパパゾウを殺したいという村人の希望が実行に移されないのは国立公園とエコガードの存在が抑止力となっているためです。しかし2005年から06年はじめにかけて被害があまりにもエスカレートしたため(ひとつの畑で200本以上のバナナの木が壊されたり、キャッサバ芋が8割近く掘り出されたり)、06年3月に近隣の村々合同で村人は国立公園当局に声明文を渡し、正式にゾウの銃殺を要望しました。さもなくば国立公園の存在を拒否し、我々は殺したいだけゾウを殺す、という覚悟なのです。

 その後もゾウによる作物被害はますます悪化し、今までゾウが来ていなかった地域、新しく開いた畑まで荒らされるようになり、7月ごろついに政府が公式に2頭のゾウの銃殺を許可するという知らせが来ました。

 これは2007年6月現在まだ実施されておらず、当局と村人の関係は非常に複雑化しています。政府の対応の遅れに村人が国立公園事務所を封鎖するという強行手段に出たためパトロールが行われず、村近辺でゾウが密猟されたり、賠償金の一部が支払われたものの実被害に対してとても少額だったため、村人には常に不満が残っています。Kaigi


アフリカのコンゴ共和国のゾウの畑荒らし(1)

 アフリカ中部コンゴ共和国オザラ国立公園の北部でゾウの畑荒らし問題の調査をしています。
 国立公園北部の境界線上にあるミエレクカ村を中心に調査を続けています。今年からミエレクカ村から15km離れたコモ村でも、ゾウと村人の共存のためのプロジェクトを始めました。

 オザラ国立公園が2001年に北部まで拡大されて以来、ふたつの地方都市を結ぶ幹線道路沿い(国立公園の境界線)に点在する村々で野生生物による農作物被害が発生するようになりました。

 調査1年目は国立公園の拠点があり私が滞在しているミエレクカ村と、西へ9km離れたゴア村(人口各約200~300名)で被害発生の状況を調べつつ、村人が実践している防御対策の有効性を調べました。

 ミエレクカ、ゴアはプランタン・バナナ(蒸かすと芋のようになる甘くないバナナ)がよく育つ土壌で、第一の主食はプランタン、次いでキャッサバ芋です。混作でトウモロコシ、キャッサバ芋を先に収穫し、プランタンの収穫まで1年半から2年は実をつけるまで放置したまま、というスタイルです。

 コンゴの熱帯林は乾季でも朝露が畑を潤し、雨季は雨と日照りで、草刈をしなければあっというまに雑草も2mを超えてしまいます。このうっそうとした「森」と化した畑にゾウがプランタンを食べにやってくるのです。被害調査に行っても、畑の中を歩くのは容易でなく、面積を測ろうにもどこからどこまでが畑なのかは畑主にしかわからず、森との境界も直線ではありません。

 ジンバブエの畑荒らし問題の専門家は畑を見通しがきくようにすることがゾウを警戒させるため第一だと指摘していますが、村人の反応は草刈をしたってやってくる、というばかりです。畑で焚き火をするのもゾウを寄せ付けない最も一般的な方法ですが、したって来る、ゾウが恐くて夜は行けない、などといって畑を実際に守っている村人はごく少数でした。

Zouhatake