生物多様性と持続可能な消費・生産(前編) トレーサビリティ透明化への動き
1.消費を通じて世界の生物多様性に影響が及ぶ
私が所属する野生生物保全論研究会は、ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物種の国際取引に関する条約)の対象となっている象牙やペットなどの日本での消費をテーマに活動してきた団体であった。しかしワシントン条約対象種以外でも日本の輸入が原因で生息環境が損なわれるなどして生物多様性に悪影響が及んでおり、情報発信の必要性を感じていた。そこで2016年度から3か年計画で生物多様性と持続可能な消費・生産に関する研究・普及の事業を行った。活動の成果は報告書とその普及版であるガイドブックにまとめ、当会のウェブサイト[1]で公開しているのでそちらをご覧いただきたい。
本稿ではこれまでの事業の中から「トレーサビリティ」と「地域コミュニティ」に着目して「生物多様性と持続可能な消費・生産」を考えてみたい。これは会としての見解ではなく、個人的な意見である。
2.消費・生産の形態
日本の消費・生産が生物多様性に影響を及ぼす場合を次のように分類した。日本の輸入額は世界第4位(2017年)[2] であるため、輸入による世界の生物多様性への影響も大きいと考え、日本の消費は国内生産による消費ではなく輸入を想定した。
まず、野生生物の個体を直接消費することで生物多様性に影響を与えている場合は二通りに分けて考えた。一つ目は消費する対象が絶滅危惧種である場合①と、二つ目はそこまで種としては減少していなくても水産物や木材のように大量消費が問題になっている場合②である。①の絶滅危惧種の国際取引の対象は、ワシントン条約附属書掲載種を想定している。
消費については、その他に農地開発など土地の改変による生息環境の喪失につながる場合③が考えられる。生息環境の喪失には、地球温暖化や外来種の侵入が原因の場合があるがここでは土地の改変について考えた。
次に生産はグローバルな大企業による海外での大規模な生産④と小規模な生産や地域で消費される生産⑤に分けて考えた。
今号では②大量消費および③生息環境の喪失に関する④グローバルな大企業による生産について、トレーサビリティに焦点を当てて述べる、次号では①絶滅危惧種の消費と⑤地域での小規模な生産について地域コミュニティに焦点を当てて述べたい。
3.生息環境の喪失と大企業による生産
2018年に公開された森林減少要因を衛星写真画像から分析した研究によると[3]、2001~2015年までの世界の森林減少の原因の27%はコモディティ(商用農産物・鉱物など)のための恒久的な土地改変であった。とくにインドネシアとマレーシアのアブラヤシプランテーション拡大のための森林減少は衛星画像で明確になっている。また中南米全域で森林は大規模農場と牧草地へ転換された。そしてこのようなコモディティによる森林破壊は続いている。
このコモディティのビッグ4と呼ばれるのが、アブラヤシ、大豆、木材・パルプ、畜牛である[4]。これらは世界で大量に取引され、グローバルな大企業が関わっている。この問題が指摘され、業界ごとに対策が取られている。
4.業界による取り組み
アブラヤシに関してはRSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)が「持続可能なパーム油」を認証している。しかし「持続可能なパーム油会議2018」[5]では認証された農園での労働搾取や農薬による健康被害が報告され、不十分な監査が指摘されていた。
大豆についてもRTRS(責任ある大豆に関する円卓会議 )が設立され、自然林や保全価値の高い生息地を農地に転換することを禁止している認証制度がある。しかし大豆用農地拡大のための生物多様性と地域コミュニティの問題は終わっていない。
例えばブラジルでは世界でもっとも古い熱帯生態系のひとつであるセラードが、大豆のプランテーションに転換され住民が排除されている。またモザンビークでのODA事業「プロサバンナ」では、大豆を生産する大規模農地開発のための土地収奪により自給的家族農業が排除され、住民は抵抗を続けている[6]。
このようにコモディティよって引き起こされる環境や人権の問題に対する批判から、グローバル企業が業界ごとにリスクの少ない原材料が調達できる認証制度を設ける動きが拡大しているが、問題が解決したわけではない。
5.大量消費と違法取引
野生生物を大量消費することで生物多様性の喪失につながるのが漁業、森林伐採である。資源を枯渇させないために規制が設けられているが、IUU(違法・無規制・無報告)漁業や違法伐採が問題になっている。環境や人権に「配慮した商品」であることを証明する「認証」は業界による取り組みが始まっているが、違法に得た商品を市場から締め出すためには、国際協調による規制が必要である。
日本では違法伐採された木材に関して、2016 年 5 月に「合法伐採木材等の流通及び利用の促進に関する法律」(クリーンウッド法)が公布された。しかし同法では、自主的に登録している事業者が木材の合法性を確保するための措置の義務づけが行われているが、罰則規定はない。そのため違法伐採木材の流入の阻止は難しいとの指摘があり、実際にリヒテンシュタインに本社を置く木材会社がコンゴ民主共和国で違法伐採した木材を、日本製紙グループの子会社が買っていたことが、NGOによる報告書[7]で明らかになっている。
また水産物のトレーサビリティに関しては、日本では法的義務や罰則がなく、IUU漁業由来の水産物が日本で流通しているリスクは「中~高」レベルと評価されている[8]。
2018年11月1日に開催された「東京サスティナブル・シーフード・シンポジウム」では、漁獲証明書(漁業者、漁獲量、漁法、出荷先などの記録)の電子化や、トレーサビリティシステムの標準化を求める意見が出されていた。同様にパーム油に関しても乱立するトレーサビリティシステムの統合や、仮想通貨・ビットコインで開発されたブロックチェーン技術の導入が検討されている[9]。
6.ワシントン条約とトレーサビリティの透明化
ワシントン条約でも「CITESトレーサビリティシステム」が議題になっている[10]。「CITESトレーサビリティシステム」とは、標本(生体や身体の一部、加工品)の産地、法的な手続き、取引によって絶滅のおそれがないことを証明する無害証明、流通ルートにアクセスできるシステムのことである。ワシントン条約事務局はUN/CEFACT(貿易簡易化と電子ビジネスのための国連センター)と協力し、国際標準化機構ISOおよびGS1(バーコードやRFIDタグ(接触せずに認識できる))と互換性をもたせた「CITESトレーサビリティシステム」の開発を進めている。
さらにUN/CEFACTは、ワシントン条約対象種だけでなく、国際取引全般に対応したトレーサビリティシステムのフレームワークを計画し、各国に適用するよう勧告する予定である。これまで見てきたように貿易データの電子化と標準化はワシントン条約の対象以外の品目でも必要性が高まっており、このフレームワークは急速に普及するのではないかと思われる。
種の保存法(絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」では、新たにワシントン条約附属書Ⅰに掲載されて国際取引が禁止になった種を「規制適用前取得」として登録する際には「登録申請個体等が規制適用前に日本に輸入された際の通関書類等規制適用日前に所有していたことを証する原則として公的機関の発行した書類[11]」が必要である。この規制適応前取得の厳格化にトレーサビリティシステムの活用が期待できる。しかし特定の生体にはマイクロチップの挿入が義務付けられたものの、書類と対象物が厳密に対応しなければ、密輸品が紛れ込む余地がある。そしてそもそも同法による起訴の少なさも問題である。
今後、国際標準のトレーサビリティシステムが普及した場合、ワシントン条約対象種、違法木材、IUU漁業による水産物などの流通が透明化し、日本の制度の不備や不十分な法執行が浮き彫りになるのではないだろうか。また生産と消費をつなぐ情報が増えれば、消費者はエシカル(倫理的)な商品選択がしやすくなり、企業は消費動向やESG投資の点から、より持続可能性への配慮が求められると思われる。
鈴木希理恵
[1] 『生物多様性保全と持続可能な生産・消費』2017 『ガイドブック 生物多様性保全と持続可能な生産・消費』2018
[2] http://ecodb.net/ranking/tt_mimport.html#JP
[3] Classifying drivers of global forest loss
Philip G. Curtis1, Christy M. Slay1, Nancy L. Harris, Alexandra Tyukavina, Matthew C. Hansen (2018) Science 361(6407) 1108-1111
[4] S. Donofrio, P. Rothrock, J. Leonard, “Supply Change: Tracking Corporate Commitments to Deforestation-Free Supply Chains”(Forest Trends, 2017);p1
[5] 2018年10月22日
[6] https://www.ngo-jvc.net/jp/projects/advocacy/prosavana-jbm.html
[7] Global Witness (2018) TOTAL SYSTEMS FAILURE EXPOSING THE GLOBAL SECRECY DESTROYING FORESTS IN THE DEMOCRATIC REPUBLIC OF CONGO P40
[8] WWFジャパン レポート「IUU Fishing Risk in and around Japan(日本の水産物市場における、IUU漁業リスク)」
[9] SUSTAIN Apicalのウェブサイト https://www.apicalgroup.com/articles/palm-oil-sustain-a-traceability-solution-with-blockchain/
[10] SC70 Doc. 40(Rev.1)
[11] 自然環境研究センター http://www.jwrc.or.jp/service/cites/regist/kotai/2.htm
(日本環境法律家連盟 『環境と正義』No.204 2019 1/2月号 に掲載されたものに一部加筆)
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント