不確実性を乗り越えて海洋の危機に対策をとるには
シンポジウム 新海洋像:海の機能に関する国際的な評価の現状
2013年10月1日 10:00-18:00
主催 東京大学(新学術領域研究「新海洋像:その機能と持続的利用」)
このシンポジウムは、「地球規模で変化する海洋環境に応答する物質循環や海洋生態系を見越して海洋管理を提唱する」研究の一環として開催されました。「海洋の保全というと漁業操業の制限強化といった即物的な内容に始終している」ということが背景にあるそうです。
(パンフレット「シンポジウム趣旨」を要約)
シンポジウムの中では、さまざまな方面からの取り組みが報告されましが、とくに印象に残った元ラムサール条約事務局長のピーター・ブリッジウォーター氏の報告をご紹介します。
●海洋環境の変化がもたらす危機に目を背けていないか
ブリッジウォーター氏の発言には、将来人間が地球に生存できるのかという強い危機感がありました。
氏は、海の酸性化によって貝類の貝殻がぼろぼろになるなど生物への影響、コンクリートでできた護岸への影響があると述べていました。また海水の温暖化によって、外来種の分布が変わったり、海水が上下に混ざりにくくなったりすると、海の生態系は大きな影響を受けると発言されていました。
このような海洋の危機は、日本では環境問題としてあまり話題になっていないように思います。
●「生態系サービス」の意味
国連「ミレニアム生態系評価(MA)」では「生態系サービス(*1)」を、①食料や水などの「供給サービス」 ②自然災害を緩和するなどの「調整サービス」 ③生物が生きていく環境を提供する「基盤サービス」 ④観光など「文化的サービス」に分類しています。
ブリッジウォーター氏はこの生態系サービスを、「人のためだけに語られているのが問題である。人への文化的サービスは将来の地球に重要でなく、他の生態系に対するサポーティングサービスが重要である」と発言していました。そして生物多様性と生態系サービスの関係を見直し、政策決定のブレイクスルーにすべきと提案していました。
JWCSのプロジェクトの一つ、「愛知ターゲット3委員会(*2)」の8月の会議でも、「生態系サービス」というと生態系の人間に役立つ機能だけを言うことが多いので、言葉の使い分けをすべきではと議論したところでした。そしてブリッジウォーター氏の発言のように、人間への直接的な利益だけでなく、ほかの生態系を支えるサービスを重視すれば、国土計画や、農林水産業の政策なども大きく変わってきます。それは愛知ターゲット3の奨励措置(補助金を含む)の改革にもつながります。
(*1)生態系サービス
(*2)JWCS 愛知ターゲット3委員会
愛知ターゲット:生物多様性条約第10回締約国会議(名古屋)で採択された2020年までの目標。具体的な20の目標があり、3番目の「生物多様性に有害な奨励措置の改革」について、JWCSは研究しています。
●「持続可能性」に行きつく
ブリッジウォーター氏は「管理(Manegement)、保全(Conservation)、保護(Protection)どちらに進んだらよいのか考えたときに「持続可能性(Sustainability)」に行きつく。しかし世代間の公平は簡単ではない。そして「持続可能性」の定義が一番明確なのが、生物多様性条約の生態系アプローチの原則(*3)で、これは陸域を対象としているが海洋でも使える」と述べていました。
この生態系アプローチのうち、原則9には、順応的管理(野生生物や生態系は不確実性があるので、常にモニタリングをして対応を変える)について書かれています。この順応的管理について、会場からモニタリングが重要だが十分にできないとの発言がありました。氏は、モニタリングの資金を得るため、「将来食べることができなくなるのだから」と政治家を説得するしかないと答えていました。
また原則12は、関連セクターに関わらせるべきだと書かれています。氏は、地域レベルで実施するために、関連セクターのかかわりが重要と述べていました。そして意思決定に時間がかかりすぎることに対し、2012年のRio+20(地球サミット20年目の国際会議)では政府間の議論が硬直した時、NGOが新しいパートナーシップを作ろうとしていたことを例に挙げていました。
●不確実性を乗り越えて、迅速に危機に対処するには
JWCSが参加しているワシントン条約締約国会議では、締約国が提案した動植物種の国際取引を規制するか、しないかを議論します。
そのとき提案を見て、「不確実性はあるが、絶滅してからでは遅いので予防原則に従って規制をすべきだ」と考えるか「不確実なデータを根拠に規制をすべきではない」と考えるか。この規制賛成派は「人間よりも動物が大事な『保護』をめざす(感情的な?)人」で、規制反対派は「現実的で『保全』をめざす(理性的な?)人」とイメージされがちではないでしょうか。
でも実際は規制賛成派の方が主張の根拠となる資料が充実していたり、規制反対派は業界の利益のための主張をしていたりするので、イメージと現実の違いを感じていました。
そのため「保護」か「保全」かより「持続可能性」だという氏の意見に納得しました。
「持続可能性」から議論して、そのケースに最適な人間のかかわり度合を決めることが重要だと思います。
大洋島や高山のように人の手が入るとあっという間に自然が失われるケースもあれば、自然からの恵みで貧困を解消する仕組みにしないともっと自然が失われるというケースもあるからです。
しかし「持続可能性」を議論して結論を出すには、政策決定者を含む多くの人が、もっと生態系とそれにかかわる人間社会について理解しなければなりません。
このシンポジウムではブリッジウォーター氏の後に、海の生態系と人間社会のかかわりを評価し、政策に活かすツールとして、ベンジャミン・ハルバーン氏から「海の健康度(*4)」、ジェームズ・アンダーソン氏から世界銀行が投資を検討するにあたっての評価「漁業パフォーマンス指標(FPI)」(*5)が紹介されました。
海の生態系は分からないからと対策を先延ばしにすれば事態はより深刻になってしまいます。だからこそ不確実性を乗り越えて迅速に政策決定をするためのツールの開発が進められている、という世界の動きを知ることができたシンポジウムでした。
(*3)生態系アプローチの原則:生物多様性条約第5回締約国会議で採択。生物多様性を保全し、先住民・地域住民などにも公正な方法で持続可能な利用するための12の原則
(*4)海の健康度
(*5)世界銀行 Fishery Performance Indicators
(鈴木希理恵 JWCS理事)
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