国内外の野生生物保全の認識の違いと情報の落差
2013年8月21日にトラフィック イーストアジア ジャパンが主催した「ワシントン条約40周年記念シンポジウム ワシントン条約の動向と日本への期待」に参加しました。シンポジウムでは野生生物保全に対する国内外の認識の違いが浮き彫りになりました。
●CITES条約事務局スタッフは16名
ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物種の国際取引に関する条約・CITES)の締約国は178カ国。2013年3月にタイで開催された第16回締約国会議(CoP16)はオブザーバー、メディア等を含めて約2,234名が参加しました。しかし条約事務局のスタッフはたったの16名だそうです。そのうち1名は日本人女性で、シンポジウムの会場で紹介されました。
事務局長のジョン・スキャンロン氏はオーストラリア出身の法律家だそうです。スキャンロン事務局長からCITESが果たしてきた役割について、シロサイは規制の対象となる前は2000頭だったが今は2万頭になった例や、CoP16の成果についての報告などがありました。(写真1)
(写真1)
●CITESは珍獣保護の条約ではない
事務局長がCoP16の成果として一つ目と二つ目に挙げたことは、木材種と水産種が規制の対象になったことでした。
前回のCoP15(2010年3月)では大西洋クロマグロの規制が提案された時、日本では「日々の食卓にのぼるマグロを、いきなりジュゴンやパンダと同じ絶滅危惧種にするのは強引すぎる(2010年3月16日読売新聞社説)」という論調の報道がありました。しかし、CITESは単に希少な種だから規制をする条約ではなく、このままの国際取引を続ければ種が絶滅する恐れがあるので取引を規制するという考えによる条約です(*1)。
ジャイアントパンダのように生息地が限られ、生息数の少ない種はわずかな取引でも絶滅の原因になります。一方、林業や漁業の対象として大量に取引される動植物種の中にも、その取引の規模の大きさゆえに絶滅のおそれのある種があります。CITESに規制が提案される生物には、その2タイプの国際取引があることがあまり理解されていないように思います。
●サメの管理についての意見の違い
「第2部:責任ある水産種の管理のために-サメを事例として-」では、トラフィック水産取引プログラムリーダーの発表と、日本の水産庁や気仙沼遠洋漁業協同組合との意見の違いや認識の違いが鮮明になりました。
日本はCITESで附属書I (国際取引原則禁止)掲載種中7種(ナガスクジラ、イワシクジラ(北太平洋の個体群並びに東経0度から東経70度及び赤道から南極大陸に囲まれる範囲の個体群を除く)、マッコウクジラ、ミンククジラ、ニタリクジラ、ツチクジラ、カワゴンドウ)、附属書II (国際取引に許可が必要)掲載種中9種(ジンベイザメ、ウバザメ、タツノオトシゴ、ホホジロザメ、そしてCoP16で掲載が決まり2014年9月から適用されるヨゴレ、シュモクザメ3種、ニシネズミザメ)を「留保」しています(*2)。この留保した種は、条約が適用されません。
日本政府は留保の理由を「絶滅のおそれがあるとの科学的情報が不足していること、地域漁業管理機関(*3)が適切に管理すべきこと」としており、このシンポジウムでの水産庁の発言も同様でした。この点はトラフィック水産取引プログラムリーダーの発表(*4)と意見が対立していました。
(*2) 外務省HP ワシントン条約
(*3) 外務省HP地域漁業管理機関
(*4) トラフィック水産取引プログラムリーダー発表資料 (PDF1.8M)
●認識の違いが鮮明に
気仙沼遠洋漁業組合の方からは、サメの漁獲の中心はヨシキリザメで、ヒレだけでなく魚体も魚肉として利用しているとの発言がありました。
しかしCoP16で規制が決まったのはヨゴレ、シュモクザメ3種、ニシネズミザメです。いずれもフカヒレが高価な種であるため、ヒレだけを目的に漁獲する国があり、国際取引によって生息数が減少していることが複数の研究機関からCoP16で報告され、投票によって附属書掲載が採択されました(*5)。
水産庁は「環境団体は資源量が健全な種もあるのに、サメ漁を批判している」と発言しましたが(写真2)、後でCITES事務局長からサメの種による資源量の違いを認識して対応している旨の発言がありました。
またJWCSが参加したCoP16でのサメをめぐる議論では、サメの規制提案が否決された以前の締約国会議に増して危機的なデータが出され、FAO(国連食糧農業機関)も提案を支持し、こんなに減少しているなら規制しなければという雰囲気でした(*6)。
そのため気仙沼遠洋漁業組合の方の「漁業は何故叩かれるのか?(写真3)」「理不尽なイジメには徹底的に理性的に闘う(写真4)」という発言には驚きました。発表者からは「バイヤスがかかっているのは漁業を愛するがゆえ」との発言があり、司会者からは英国紙ガーディアンの記事(*7) が背景にあると補足がありました。
(写真3)
(写真4)
しかし国際会議では、枯渇する水産資源をどうやって持続させるかを各国代表、国際機関、「環境団体」が一緒に議論しています。また海外では「環境団体」と研究機関、政府、国連機関などを転職する人もいます。
CoP16でサメ5種を議論したときは、中国と日本が規制に強く反対し、サメに関するサイドイベントでも中国代表は長々と反論をしていました。しかし投票で規制が決定するとフカヒレの輸出入の多い中国が条約に従い、日本は留保しました。この日本政府の決定に「環境団体」から批判の声があがりましたが、ほとんどの「環境団体」は漁業者を批判しません。こうした国際会議の様子と国内でのとらえ方がかけ離れていることがこのシンポジウムで鮮明になりました。
そのためCITES事務局長は最後のコメントで「漁業を否定しているわけではありません、今夜もおいしい日本の魚料理を期待しています」とユーモアで締めくくっていました。
(*5) 附属書掲載提案
(*6) FAO(国連食糧農業機関)
CoP16で提案された漁業対象種についてFAO専門家諮問パネルの報告書 (英語)
IUCNレッドリスト(抜粋翻訳)
注:記載されたJWCSの所在地・電話番号は移転前のものです。
(*7) 2011年2月11日付ガーディアンの記事(英語)
ガーディアンの記事で引用されているTRAFFICとPEW財団(米国)の報告書(英語)
●認識の違いを生むのは情報の少なさ
国内外で認識が違うのは、英語ではインターネットで得られる情報が、日本語で報道されていないからだと思います。それは今に始まったことではなく、2010年のCoP15で大西洋クロマグロの国際取引禁止(附属書Ⅰ掲載)が否決されたときも同じように感じました。(当時の状況は、勝川俊雄氏の公式サイト「ワシントン条約の報道において、日本のメディアは国民に何を隠したか」が詳しいです http://katukawa.com/?p=3402 )。
CITESの締約国会議では、加盟国代表だけでなくオブザーバーもアルファベット順に席が決まっています。そのため席の近い日本の漁業関係者の何人かと名刺交換をしたのですが、期間中ほとんど空席でお話ができず残念でした。
映画『もののけ姫』に「その地に赴き、曇りなき眼で物事を見定めるなら、あるいはその呪いを絶つ道が見つかるかもしれん」というセリフがあります。漁業関係者の中には若い人も来ていたので「曇りなき眼」で国際会議の推移を見て、さまざまなセクターと前向きな議論ができる関係が広がることを期待しています。
国際会議は誰もが参加できるわけではありませんので、政府発の情報以外を国内に伝えるのもNGOの大事な仕事です。今回参加したシンポジウムは、日本にいながら国際的な意見交換の場に立ち会うことができて有意義でした。
またJWCSでは国際会議に参加するときはブログで状況を報告し、帰国後に報告会を開催しています。報告会開催の折にはぜひご参加ください。
(鈴木希理恵 JWCS理事)
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