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2011年7月20日 (水)

里山に生きものの賑わいを!

 野生生物保護の関心がかつてなく高くなっているように思われる。テレビで大型動物の生態を取り上げることが多くなり、きまったように生息場所が乏しくなったり、あるいは密猟などで個体数を減らされ、さらには絶滅に瀕するまでになってきているという類のコメントが付け加えられる(事実その通りだから当然ではあるが)。心優しき視聴者は受難の動物に心を寄せる。これが関心の高まりとなって現れるのであろう。

 ところで、私たちの足元でも生きもの―ほとんどは植物や昆虫その他の小動物―の賑わいもほとんど日に日にといってもいいほど失われてきている。とくに私たちにとっての最も身近な”自然”の一つ里山の生物多様性が低下してきている。しかも著しくである。が、こちらの方は大型動物に対するようにはなっていないのは、里山の生物多様性の保全に取り組む者にとってはいささか残念である。

 環境省も2005年に公表した「新・生物多様性国家戦略」で里山の生物多様性の低下を指摘し、その保全の指針を示しており、昨年10月の第10回生物多様性条約締約国会議でもその姿勢を明確にしてはいる。
 私自身はここ10数年来、里山の保全管理に取り組んでいるボランティアの一員に加えてもらい、一緒に汗を流し、時には里山の生物多様性に焦点をあてた管理のあり方などについて話をさせてもらい。あわせて小規模なそれをにらんだ実験なども試みている。

 最近では、ボランティアの皆さんのふるさとの里山への熱い思いのおかげで、生物多様性保全がいささか具体的な形になってきているのではないかと思っている。

(廣井 敏男/ひろい としお JWCS理事・東京経済大学名誉教授)

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生物多様性を保全しなくてはいけないのはなぜだろう


「生物多様性を保全しよう」と言っても、『なぜ?』保全しなくてはいけないのか考えると簡単なようで難しい問題である。
 多くの人は小学校の理科の授業で食物連鎖を学び、漠然とではあるが食物連鎖のピラミッドが崩れると生態系のバランスが崩れるということは分かってはいると思うが、『なぜ?』を突き詰めると答えに窮すると思う。これを出発点にさまざまな視点から生物多様性を考えたい。

 生態系が人間にもたらす利益を生態系サービスとよばれる。国連のミレニアム生態系評価で生態系サービスは供給、調節、基盤、文化サービスの4つに分類されている。
 供給サービスとは天然作物、農作物等である。調節サービスとは、水の浄化、気候調整等である。基盤サービスとは栄養循環、土壌の形成等である。文化サービスはレクリエーション、宗教的価値、審美的価値等である。
 生態系サービスは大きく4つに分類されているものの、文化的サービスについて疑問がある。それは、文化的サービスに含まれている神聖な土地や河川はどのような場所を指すのだろうか。
 宗教と関連している土地等は明確な神聖な場所として、多くの人たちに認識させることが出来る。しかし、地域の人たちにとって神聖な場所であっても外の地域の人たちから視れば、神聖に感じない土地もたくさんあると思う。
 本来、人間にとって自然は神聖なものであったのではないかと思う。だが、開発を行うことによって、神聖であった場所が神聖な場所と感じられなくなっていったと考えられる。文化的サービスは理解しやすいようで理解しにくい生態系サービスであると私は考える。

(高橋 雄一/たかはし ゆういち 國學院大學大学院経済学研究科2年)

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