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2010年10月31日 (日)

COP10 未明の閉幕

 ぎりぎりのタイムスケジュールの中、COP10が成果を出す形で終了しました。

 懸案のひとつだった「遺伝資源へのアクセスと利益配分(ABS)」は、29日0時の期限までにコンタクトグループ(非公式の交渉グループ。どの国も参加できる)での交渉がまとまらず、29日最終日の午前8時30分に議長案が提示されることになりました。

 第一作業部会は予定の議題の審議が前日に終わったものの、第二作業部会は懸案の2020年までの戦略計画と条約実施のための資金が議題になっているため、最終日も朝から予定外の会議になりました。それでも一度採択したパラグラフに戻った発言があったり、「議長は進むのが早すぎる」との発言があったり。さすがに議長も「私は怒っています。でもこの場でそのように言うわけにはいきませんので疲れていると言いましょう」と言っていました。

 当初は午後3時からの予定だった締めの全体会合が、4時になっても始まりません。第二作業部会では会議が続いています。でも全体会合の会場は満員で席を立つと通訳機を使われてしまうので、第二作業部会の会議場を見に行くこともできません。インターネットもつながりにくくなっていたそうです。

 午後4時半すぎ、議長の松本環境大臣が着席して全体会合が始まりました。でも第二作業部会は続いているため、第一作業部会の議長報告と議題の採決を先行しました。
 全体会合に提出された最終版文書は49にもなりました。

( http://www.cbd.int/cop10/insession/?tab=0 ) 

文書番号44以降は最終日の午後に出されたものです。それほどぎりぎりのスケジュールでした。

 第二作業部会の議論が終わらないため、5時半に全体会合はいったん打ち切られました。6時からは次の開催国、インドが主催するレセプションが中庭であるからです。レセプションでインド映画の陽気な音楽が流れる間も、コンタクトグループは必死の交渉を続けていたはずです。

 時間切れで東京に戻り、11時に自宅のパソコンでインターネット中継をつけたら、全体会合が始まっていました。日本人の会議ならここまでもめて最終段階にたどり着いたらシャンシャンと終わりそうですが、国際会議はとことん議論します。この段階でも文章の修正がありました。「前に進みましょう、私たちは家に帰りたいです」との発言も。

 最後の文書が採決されたのは30日午前2時過ぎでした。各国代表もオブザーバーも総立ちで拍手をしていました。手で顔を覆う議長の姿もありました。

30last

 採択されたABS議定書は「名古屋議定書」と名づけられ、他国の遺伝資源を勝手に利用すること(生物の海賊行為)ができなくなります。伝統的な薬草を使って新薬が開発され、製薬会社が利益を得る…といった場合を想定しています。

 2020年までの目標は「愛知ターゲット」と名づけられ、陸域の17%、海域の10%を保護区とするなどの数値が決められました。IUCNが主張していた「少なくとも陸域および内陸水域の25%、また沿岸域・海域の15%」という主張に比べ、後退しています。ほかにも生物多様性保全から見れば後退した文言になっています。さらに「愛知ターゲット」はあくまでも目標なので、実行できなければ意味がありません。

 とにかく何も決まらないのが一番よくない…会議に参加した誰もがそう思い(そう思わない国もあったかも)、健康を犠牲にした会議でしたが、疲れがとれたら行動にうつさなければ!

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