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2007年10月 3日 (水)

「エコツーリズム」に想う  川那部 浩哉

 流行語の中には、僅かながら私自身も関係したものがある。「生物多様性」は今やどこでも使われているが、「略さずに<生物学的多様性(biological diversity)>とすべきだ」とか、いや、「岸由二さんの一時提唱していた<生命の賑わい>が相応しい」とか、何度も言ったり書いたりはしてきたものの、この語を流行させた責任の一端は免れ得まい。

 「地球共生系」は、まぎれもなく私どもが作った用語で、多対多関係の共進化の歴史性を強調したものだったが、あらゆるところで「共生」が語られると、「違う」「違う」と叫びたくなる。これに対して、私どもには全く責任はないが、一時期は「面白い」と考えたものの、実情を知り始めると「ちょっと待って欲しい」と思うような用語もある。「エコツーリズム」はその一つだ。急いで付け加える、「エコツーリズムは全面的におかしい」と言う意味ではなく、「おかしいと思えるものにかなり出くわす」ということだ。

 この語の定義は、「ある地域において、環境や生活を破壊せず、可能な限りそれへの影響を最少限に抑えながら、その場所の自然や文化に触れ、またはそれを学ぶことを標榜する旅行のこと」だ。「見聞するだけではなく、参加者の環境問題への関心を高め、さらには、自然へのつきあいかたや暮らしのありようの現状を反省し、自然や文化の保護への貢献を考えるような、新しい出発を模索すること」が、その目的に含まれることもある。すなわち、「ツーリズムが全世界的かつ産業的に著しく拡大し、その結果、壊れ易い生態系や地域の文化に甚大な影響を与え始めてきた」ことを反省し、それに対する違った選択肢として本来考えられ、提唱されたもの。日本自然保護協会は1994年にガイドラインを作成し、日本の環境省は、2002年が「国際エコツーリズム年」に指定されたのを契機に、翌年「エコツーリズム推進会議」を設置し、エコツーリズム憲章の制定、総覧の公開、大賞の選定、推進マニュアルの作成、モデル事業の選定・実施、を進めている。

 エコツーリズムはもともとは、「原始自然」あるいは「未開発地」、少なくとも比較的攪乱ないし荒廃させられていない自然地域を対象にして、行われることが多かった。しかし、近年は里山など、人間と自然とのあいだに長期間にわたる歴史的交流のあった場所へのものも、含められるようになっている。但し、東京・ニューヨークなどへはもとよりのこと、京都・パリなどへも、エコツーリズムと意識してなされる旅行例はほとんどない。こう言うと、かなり皮肉に聞こえるだろうか。

 私が大いに気にしているのは、この名のもとに行われている事例の中に、不注意に自然や文化に大きい影響を与えてしまうもののあるのはもちろん、新しく森を切り開いて宿泊施設を作ったり、そこで営まれている文化を「見せもの」同然に扱うなど、いっそう深刻な問題を生じているものも、すでに数多いからである。「テントに泊まり、川の水で体を洗うのでは、客に嫌われる」と、原生林にホテルを建て、湯水をふんだんに使わせ、周りの樹を燃料にし、あまつさえヘリコプター基地を作った例も、「南」の国だけではなく、「北」の国にもかなり見る。

 「理想と現実とは違うという。判りきったことである。それがどうしたのか。それだから、理想のほうを引込めなくてはならぬ理由は毫末もない。逆に、それだから、ますます理想を立てなくてはならぬではないか。理想はいつも人間の可能な生活のほうにある。」昔読んだIさんの文章を、久しぶりに思い出した。

(かわなべ ひろや/JWCS理事・琵琶湖博物館館長)
会報No.47 2006 Vol.3 掲載

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